第52話 使えませんけど。
「おいっ!」
ノックもせず、ヴァンがズカズカと部屋に入ってきた。
「ちょっと! ノックくらいしてください!」
リアは突然入ってきたヴァンに驚きつつ、注意する。
「俺の城なんだからいいだろ! それより、お前――闇魔法使えるか?」
「……え?」
あまりにも唐突な質問に、リアは目を瞬かせる。
「……使えませんけど」
リアはエルディア王国で、何度も闇魔法の練習をしたことを思い出す。
魔力を集めることはできた。
けれど、どれだけ試しても闇魔法だけは一度も発動しなかった。
「使えねぇ?」
「はい。何度か練習したんですけど……全然出なくて」
「……なんだよ、それ」
ヴァンは怪訝そうに眉を寄せた。
――少し前。
母である王妃から呼び出された日のことを、ヴァンは思い出していた。
『ヴァン。あなたに頼みたいことがあります』
『……なんだよ』
『先日、部下から興味深い報告がありました』
『……報告?』
『アヴェリオス王国で、光魔法を使う少女が確認されたそうです』
『光魔法?』
『名はリア。年齢は十八ほど。出自は不明――現在は、エルディア王国の第一王子が保護しているそうです』
ヴァンは興味なさそうに眉を上げた。
『……それが俺と何の関係があるんだよ』
『十一年前、アストリア王国から一人の王女が姿を消しました』
『……』
『その王女が生まれたとき、我が国へある情報が入っています』
王妃は静かにヴァンを見据えた。
『光と闇――相反する二つの属性を持って生まれた、と』
『……まさか、その女が王女だって言いたいのか?』
『その可能性があります』
『……で?』
『すでに、その少女をこちらへ連れてくるよう手配しています』
『……は?』
『ヴァン。少女が到着したら、闇魔法を使えるか確かめなさい』
『……なんで俺が』
『確かめたいことがあるのです』
『だったら自分で――』
『お願いしますね、ヴァン』
『……チッ』
――回想から意識を戻し、ヴァンは目の前のリアを見る。
「……お前、本当に闇魔法使えねぇのか?」
「だから、使えませんって!」
「じゃあ、ここでやってみろ」
「人の話聞いてました!?」
「いいからやれ!」
「なんなんですか、もう!」
リアは練習の時と同じように魔力を込めたが、闇魔法は一度も発動しなかった。
「……なんだ、できねぇのかよ」
「だから最初から使えないって言ったじゃないですか!」
「うるせぇな。もしかしたら出るかもしれねぇだろ」
「出ませんでしたけど!」
「……見りゃ分かる」
「じゃあなんでやらせたんですか!」
リアがむっとしてヴァンを睨む。
ヴァンはそんなリアを横目に、考え込むように顎へ手を添えた。
「……じゃあ、違うのか?」
「何がですか?」
「……いや」
ヴァンはリアをじっと見つめる。
「なんでもねぇ」
「ところで、いつ帰してくれるんですか?」
「あー……まあ、そのうちじゃねぇの?」
「……そのうち?」
「そのうち」
「いつですか?」
「知らねぇ」
「知らない!?」
リアは思わず声を上げた。
「連れてきたの、ヴァンさんですよね!?」
「俺だって好きでこんなことしてるわけじゃねぇよ」
「じゃあ帰してください!」
「それはまだ無理だ」
「なんでですか!」
「……母上が、まだ帰すなって言ってるからな」
「お母さん!?」
「王妃だ!」
「同じじゃないですか!」
「同じだけど言い方ってもんがあんだろ!」
「はぁ……」
リアはため息を吐く。
「じゃあ、攫った理由くらい教えてくださいよ」
「それは……秘密だ!」
「なんですか、それ……」
リアは呆れたようにヴァンを見る。
ヴァンは一瞬、本当のことを話そうかとも思った。
だが、闇魔法は発動しなかった。
アストリアの王女だと決まったわけでもない以上、今ここで話す必要もないだろう。
「とにかく、今は言えねぇ」
「……怪しすぎるんですけど」
「うるせぇな!」
ヴァンは苛立たしげに言い放つと、リアから視線を逸らした。
闇魔法が使えない以上、母上の考えは間違っていたのかもしれない。
――だが、この少女が何者なのか。
その答えを知るのは、もう少し先のことだった。




