第51話 この感情の名前は
一方、エルディア王国では――。
リアが姿を消してから、数時間が経っていた。
王宮ではすべての出入りを確認し、城内にも捜索の手が広がっていた。
しかし――。
「……まだ、手掛かりはないのか」
ルシアスの低い声が室内に響く。
「はい。城門を通った記録もありません」
報告を受けたルシアスの表情は変わらない。
だが、その場にいる誰もが、普段とは違う空気を感じ取っていた。
「リア殿を呼びに来た使用人については?」
ノアが尋ねる。
「……偽名でした」
「偽名?」
「はい。建国祭の翌日に、新たな使用人として王宮に入っています。採用時に提出された身元を証明する書類も、すべて偽造されたものでした」
「では、最初から……」
ノアの表情が険しくなる。
オスカーが小さく息を吐いた。
「リアちゃんを連れ去るためだけに、王宮へ入り込んだ可能性が高いね」
「……建国祭の翌日か」
ルシアスが低く呟く。
「少なくとも、衝動的な犯行ではなさそうだ」
「ですが、なぜリア殿を……」
ノアの言葉に、室内が静まり返る。
その時、オスカーが何かを思い出したように顔を上げた。
「……アヴェリオス王国」
「何?」
「競技会で、防御魔法陣に細工されたことがあっただろう?」
ルシアスの目が細くなる。
「あの時の犯人は見つかっていない。そして今回も――魔法陣だ」
「二つの事件が繋がっていると?」
「まだ分からない。ただ、無関係だと決めつけるには出来すぎている」
しばらく黙っていたルシアスが、騎士へ視線を向けた。
「アヴェリオス王国へ連絡を入れろ。競技場の一件について、その後分かったことがないか確認しろ」
「はっ!」
「それから、建国祭前後に王宮へ出入りした者をすべて調べろ。商人、納入業者も含めてだ」
「承知いたしました」
騎士が一礼し、部屋を出ようとする。
「待て」
ルシアスの声に、騎士が足を止めた。
「どんな些細な情報でも構わない。分かり次第、すぐに俺へ報告しろ」
「はっ!」
騎士が部屋を出ていく。
ノアとオスカーも、それぞれ調査のため部屋を後にした。
一人残されたルシアスは、しばらく何も言わずに立っていた。
静まり返った室内。
ふと、机の上に置かれた一本の万年筆が目に入る。
リアから贈られたものだった。
「……」
ルシアスはそれを手に取る。
脳裏に浮かんだのは、リアの笑顔だった。
初めて会った時から、よく笑う女だった。
困ったように笑う顔も。
嬉しそうに笑う顔も。
いつの間にか、その姿を目で追うようになっていた。
カインがリアに近づくたび、なぜか苛立った。
ノアと楽しそうに踊る姿を見た時も、胸の奥が妙にざわついた。
その感情に、名前をつけようとしたことはなかった。
だが――。
リアがいなくなった今。
もう二度と、あの笑顔を見られないかもしれない。
そう考えただけで、胸が締めつけられる。
「……そういうことか」
ようやく分かった。
なぜ、他の男のそばにいるリアを見ると苛立ったのか。
なぜ、必要以上に気にかけてしまうのか。
なぜ――こんなにも、失うことが怖いのか。
答えは、あまりにも単純だった。
ルシアスは手の中の万年筆を静かに握る。
――俺は、リアが好きだ。
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