第46話 二人きり!?
「……行くか」
「え?」
「まだ見て回るんだろう」
「はい!」
リアは嬉しそうに返事をして――ふと気づく。
(……あれ? 二人きり?)
隣にいるのは、ルシアスだけ。
(これって、もしかしてデート……!?)
そう思った途端、急に緊張してきた。
リアは頬が熱くなるのを感じながら、そっと俯いた。
「……どうした?」
「な、なんでもないです!」
リアは少し慌てた様子で、ルシアスを見る。
「……?」
ルシアスは不思議そうにリアを見つめたが、それ以上は何も聞かなかった。
「そういえば、そろそろパレードの時間だな」
「パレード?」
「ああ。毎年、建国祭で行われている」
「見たいです!」
「なら、行くか」
「はい!」
大通りへ着くと、そこは大勢の人で溢れていた。
「うわぁ……すごい人」
リアが人混みに圧倒されていると、後ろからさらに人が押し寄せてくる。
「きゃっ……!」
背中を押されたリアは、そのままルシアスの胸元へぶつかった。
「す、すみません!」
慌てて離れようとした、そのとき――。
「危ない」
ルシアスはリアの肩を抱き、押し寄せる人波から庇うように自分のそばへ引き寄せた。
「……っ!」
「このまま離れるな」
「は、はい……!」
(ち、近い……!)
すぐそばにルシアスの顔がある。
リアは急に速くなった鼓動を誤魔化すように、そっと視線を逸らした。
しばらくすると、賑やかな音楽とともにパレードが始まった。
華やかに飾られた馬車や、色鮮やかな衣装を身につけた人々が大通りを進んでいく。
「わぁ……!」
初めて見る光景に、リアは先ほどまでの緊張も忘れて目を輝かせた。
そんなリアの隣で、ルシアスは静かにパレードを眺めていた。
やがて最後の馬車が通り過ぎると、辺りから大きな拍手が沸き起こった。
「次はどこへ行きたい?」
「そうですね……あっ! あそこ!」
リアは少し離れた広場を指差した。
そこでは魔法を使った色とりどりの飾りや、小さな光の演出が行われていた。
「少し見ていきませんか?」
「ああ」
二人は並んで広場へと向かった。
広場では、色とりどりの光が宙を舞い、花や動物の形へと次々に姿を変えていく。
「すごい……! 綺麗ですね!」
リアは楽しそうに、宙を舞う光を目で追った。
「あっ、今度は鳥になりました!」
「……そうだな」
ルシアスはそう答えながら、光ではなく楽しそうにはしゃぐリアへ視線を向けていた。
しばらく二人で広場を見て回っていると、いつの間にか空が茜色に染まり始めていた。
「……そろそろ食事にするか」
「はい!」
ルシアスに連れられ、大通りから一本入った静かな店へと向かった。
賑やかな通りから少し離れたそこは、落ち着いた雰囲気の隠れ家的な店だった。
二人は料理を楽しみながら、今日見て回った建国祭のことを話して過ごした。
食事を終えて店を出る頃には、すっかり日も暮れていた。
「ルシアスさん、今日はありがとうございました! 本当に楽しかったです」
「……まだ終わってない」
「え?」
「見せたいものがある」
ルシアスについて行くと、辿り着いたのは王都の外れにある古い時計塔だった。
「ここって……?」
「上まで行けば、王都が一望できる」
二人で階段を上り、最上階の展望台へ出る。
「えっ……! すごい!」
眼下には、魔法の灯りに照らされた王都が広がっていた。
昼間とはまるで違う幻想的な光景に、リアは目を輝かせる。
「綺麗ですね……」
「……もうすぐだ」
「?」
リアが不思議そうに首を傾げた、その瞬間――。
夜空に、大きな光の花が咲いた。
「……っ!」
リアは驚いたように目を見開く。
次々と打ち上がる花火が、夜空を鮮やかに染めていく。
「花火……!」
まさかこの世界でも見られるなんて。
リアは懐かしさと嬉しさが入り混じったような気持ちで、夜空を見上げた。
その瞳には、夜空いっぱいに広がる光の粒が映り込んでいた。
しばらく二人で花火を眺めていると、リアが静かに口を開く。
「ルシアスさん……今日は本当にありがとうございました」
「ああ」
「建国祭、とっても楽しかったです」
リアは嬉しそうに笑う。
けれど、再び夜空へ視線を向けると、その表情が少しだけ曇った。
「……でも、時々思うんです」
「何をだ?」
「こんなに楽しく過ごしてて、いいのかなって」
ルシアスは黙ってリアを見つめた。
「もちろん、日本には帰りたいです。帰る方法も見つけたいし……」
リアは夜空に広がる光を見つめながら、ゆっくりと言葉を続ける。
「でも、こっちに来てから楽しいことも増えてきて。ナタリーさんやオスカーさんと話したり、ノアさんと魔法の練習をしたり……今日みたいにお祭りを楽しんだり」
「……」
「それが嬉しいはずなのに、たまに変な気持ちになるんです」
「変な気持ち?」
「日本に帰りたいのに、こっちで楽しいって思ってる自分がいて……」
リアは困ったように笑った。
「なんだか、それでいいのかなって」
ルシアスはしばらく何も言わなかった。
夜風が二人の間を静かに通り抜ける。遠くでは、まだ祭りのざわめきが続いていた。
やがて、ルシアスが静かに口を開く。
「……帰る方法は探す」
リアが顔を上げる。
「それは変わらない。お前が帰りたいと望む限り、俺も探し続ける」
「ルシアスさん……」
まっすぐに向けられた瞳から、リアは目を逸らせなかった。
「だが、それまでの日々まで辛いものにする必要はない」
ルシアスの声は、いつもより少しだけ柔らかかった。
「笑いたければ笑えばいい。楽しいと思うなら、楽しめばいい」
「……」
「お前がどこから来たかは関係ない。今、お前がここにいるなら――俺は、お前に笑っていてほしい」
その言葉が胸の奥へ落ちた瞬間、リアの鼓動が大きく跳ねた。
どくん、と一度。
続けて、もう一度。
花火の音に紛れてしまいそうなのに、耳の奥ではっきりと響いている。
「それに、帰る方法が見つかるまで、お前が困ることは全部俺がどうにかする」
「ぜ、全部ですか?」
「ああ」
「そんなの無理ですよ」
「なぜだ?」
「なぜって……」
「必要なものがあるなら用意する。行きたい場所があるなら連れていく。何かあれば俺を頼ればいい」
あまりにも当然のように言われ、リアは目を瞬かせる。
その横顔を見つめていると、また胸が騒ぎ始めた。
長い睫毛も、夜空を映す瞳も、淡々とした声も。いつも見ているはずなのに、今夜はひどく近く感じる。
「……ルシアスさんって、意外と過保護ですよね」
「そうか?」
「そうですよ!」
「なら、それでいい」
「えっ」
「お前が無事なら問題ない」
ルシアスは何でもないことのように言って、再び夜空へ視線を戻した。
けれどリアは、すぐには同じように空を見上げることができなかった。
隣にいるルシアスの横顔へ、視線が吸い寄せられてしまう。
(……なんで、そんなこと普通に言えるんだろう)
自分のために帰る方法を探してくれる。
困ったときは、何でも頼っていいと言ってくれる。
そして、自分が無事ならそれでいいと、迷いなく言ってくれる。
その一つ一つが、胸の奥を甘く締めつけた。
また一つ、夜空に大きな光の花が咲く。
鮮やかな光がルシアスの横顔を照らし、すぐに夜の闇へ溶けていく。
リアはしばらく、その横顔を見つめていた。
(……なんだろう、この気持ち)
まだ、その答えは分からない。
ただ――今日という日が、きっと忘れられない一日になる。
そんな気がした。




