第43話 け、結婚!?
その頃――。
ゼルス王国では、アヴェリオス王国から帰還した男が、ある報告を行っていた。
「……光魔法を使う少女ですって?」
「はい。名は、リア」
「リア……。それで?」
「年の頃は十六、七ほど。身なりからして、エルディア王国の関係者かと」
「ほかには?」
「妙なのは、彼女から感じた魔力です。これまでに感じたことのない、奇妙な魔力でした」
王妃はしばらく考え込むように目を伏せた。
「……その娘について、詳しく調べなさい」
「はっ」
「出自、年齢、いつからエルディア王国にいるのか……すべてよ」
「かしこまりました」
――翌日。
今日は、エルディア王国へ帰る日。
リアは朝食を食べ終えると、帰り支度を済ませた。
数日間過ごした部屋を見回し、忘れ物がないことを確認する。
「よし、大丈夫!」
「では、参りましょうか」
「はい!」
ナタリーとともに部屋を出ると、そのまま馬車の待つ場所へと向かった。
外へ出ると、すでに帰国の準備が整えられていた。
馬車のそばにはルシアスとノアの姿があり、少し離れたところには見送りに来たカインが立っていた。
「リア」
「カインさん!」
呼ばれて、リアはカインのもとへ駆け寄る。
カインはいつもの柔らかな笑みを浮かべていた。けれど、その瞳にはいつもとは違う、真剣な色が滲んでいる。
「また会おうね」
「はい! いろいろありがとうございました!」
「うん。それと――」
カインは少しだけ身を屈め、リアと目線を合わせる。
「俺、諦めるつもりないから」
「……何をですか?」
「リアのこと」
「…………」
リアはぱちぱちと瞬きをする。
「また冗談ですか?」
「だから、本気だって」
カインは困ったように笑った。
「まあ、今は信じてくれなくてもいいよ」
そう言いながら、カインはリアの手をそっと取る。
いつものように笑っているカインだったが、リアの手を握る指先には、わずかに力がこもっていた。
リアが帰ってしまうことが、思っていた以上に惜しい。
「俺と結婚したくなったら、いつでもアヴェリオスにおいで。待ってるから」
「け、結婚!?」
「うん」
「しませんよ!」
「今は、でしょ?」
「今もこれからもです!」
「ははっ。じゃあ、気が変わるまで待ってるよ」
楽しそうに笑うカインに、リアは呆れたように息を吐いた。
やがてその手を離すと、カインはいつもの柔らかな笑みを浮かべる。
けれど――。
リアが馬車へ乗り込んだあとも、その瞳から真剣な色が消えることはなかった。
少し離れたところでその一部始終を見ていたルシアスとノアは、揃って無言だった。
先ほどのカインの言葉が、二人の頭に残っている。
『俺と結婚したくなったら、いつでもアヴェリオスにおいで。待ってるから』
「…………」
「…………」
ふと、二人の視線が合う。
しかし、どちらも何も言わない。
そのまま、何事もなかったかのように馬車へと乗り込んだ。
「ルシアスさん、ノアさん! どうしたんですか?」
「……いや」
「……何でもありません」
何も知らないリアだけが、不思議そうに首を傾げる。
やがて全員が馬車へ乗り込むと、馬車はゆっくりと動き出した。
リアは窓から身を乗り出すようにして、カインへ大きく手を振る。
「カインさん! また会いましょうねー!」
「うん! またね、リア!」
カインも笑顔で手を振り返す。
遠ざかっていく馬車を、カインは見えなくなるまで静かに見送っていた。
馬車は、エルディア王国へ向けて進んでいく。
一方、その少し後ろを走る馬車では――。
オスカーとセバスが、行きと同じように向かい合って座っていた。
「いやぁ……」
窓の外を眺めながら、オスカーがしみじみと呟く。
「面白い旅だったねぇ」
「そうですね」
「いろいろあったけど……僕としては、殿下の変化が一番興味深かったかな」
「……殿下ですか?」
「行きの馬車でも話しただろう? 殿下が最近、変わったって」
「ああ……」
セバスは思い出したように頷いた。
「確か、『もしかすると、もしかするかもしれない』と」
「そうそう」
オスカーは楽しそうに笑う。
「どうやら殿下は、僕が思っていた以上にリアちゃんのことを気にしてるみたいだねぇ」
「……」
「もっとも、殿下ご自身は、まだ気づいていないようだけどねぇ」
セバスは小さく息を吐いた。
「オスカー様」
「何だい?」
「楽しんでいませんか?」
「まさか。非常に興味深く観察しているだけだよ」
「それを楽しんでいると言うのでは?」
「さあねぇ」
オスカーは肩をすくめる。
そして、ふと思い出したように続けた。
「それに、ノア君もねぇ」
「……ノア様も、ですか」
「うん。あっちは隠しているつもりなんだろうけどねぇ」
「……」
「おまけに、アヴェリオスの王子まで」
オスカーは指を一本ずつ折りながら、楽しそうに笑った。
「いやぁ、リアちゃんも大変だねぇ」
「……ご本人は、何も気づいていないようですが」
「そこが一番面白いんだよ」
「オスカー様」
「冗談だよ」
セバスは、深いため息をついた。
「くれぐれも、余計なことはなさらないでください」
「分かっているよ」
「行きにも同じことを申し上げた気がしますが」
「そうだったかな?」
「……先が思いやられます」
楽しそうに笑うオスカーを前に、セバスはもう一度、深いため息をついた。




