第41話 断り方がわかりません!
次の曲が流れ始めると、二人は向かい合い、音楽に合わせて踊り始めた。
「リア、ダンス上手だね」
「本当ですか? いっぱい練習したんです!」
リアは嬉しそうに笑いながら、くるりと身を翻す。先ほどルシアスと踊ったときよりも、ずいぶんと緊張が解けているようだった。
「へえ。じゃあ、練習した甲斐があったね」
「はい! さっきも間違えずに踊れました!」
得意げに胸を張るリアを見て、カインは目を細める。そんな無邪気な笑顔を間近で見られることが嬉しくて、自然と口元が緩んだ。
「俺としては、リアと踊れるなら、多少間違えてくれても嬉しいけど」
カインはそう言いながら、リアの手を少しだけ引き寄せる。二人の距離が近づき、彼の声が耳元に落ちた。
「え? なんでですか?」
しかしリアは、距離の近さにも気づかず、不思議そうに首を傾げた。
「その分、俺が助けてあげられるから」
「なるほど! カイン王子、優しいですね!」
ぱっと顔を輝かせるリアに、カインの笑顔がわずかに引きつる。
「…………」
どうやら、今の言葉もまったく別の意味に受け取られたらしい。
「リアって、もしかして俺が口説いてるの、気づいてない?」
「……口説いてる?」
「うん」
カインは足を止めることなく、踊りながらリアの瞳をまっすぐ見つめた。冗談ではないと伝わるように、少しだけ声を落とす。
「誰をですか?」
「君をだよ」
「…………」
「…………」
カインはしばらくリアの反応を待った。けれど、リアはぱちぱちと瞬きをしたあと、ふっと頬を緩める。
(カイン王子って、意外と冗談も言うんだなぁ)
「またまた」
「なんでそうなるの?」
あっさりと流され、カインは思わず天を仰ぎそうになる。けれど、すぐに苦笑を浮かべ、再びリアへ視線を戻した。
「本気なんだけどな……」
「え? 何か言いました?」
「ううん、なんでもない」
カインが小さく息を吐くと、リアは楽しそうに笑った。その笑顔を見ているうちに、彼もつられて笑ってしまう。
そんなやり取りを続けているうちに、曲は終わりを迎えた。
「ありがとうございました! 楽しく踊れました」
リアはにこりと微笑む。
「俺も、リアと踊れて楽しかったよ」
カインも微笑みながら、リアを見つめ返した。
すると――。
「カイン王子! 次はぜひ私と!」
「いいえ、次は私ですわ!」
「カイン王子、こちらへ!」
どこからともなく令嬢たちが集まり、あっという間にカインを取り囲んだ。
「わっ……」
その勢いに押されるように、リアは一歩後ろへ下がる。
(カイン王子、やっぱり人気なんだなぁ……)
令嬢たちに囲まれるカインを眺めながら、リアは妙に納得したように頷いた。
ふとルシアスの姿を探すと、少し離れた場所で数人の貴族たちと話しているのが見えた。
(ルシアスさんも忙しそう……)
邪魔をするわけにもいかず、リアがどうしようかと辺りを見回していると――。
「失礼。先ほどカイン王子と踊っていらした方ですよね?」
「え?」
声をかけてきたのは、見覚えのない若い貴族だった。
「よろしければ、次の曲は私と踊っていただけませんか?」
「あ、えっと……」
「その次はぜひ私と」
「もしよろしければ、お名前だけでも」
気づけば、次々と男性たちが集まってくる。
(ど、どうしよう……)
断り方が分からず、リアが困っていると――。
「申し訳ありませんが、その辺りで」
聞き慣れた声が、男性たちの間に割って入った。
「リア殿」
「ノアさん!」
ノアはリアの隣に立つと、男性たちへ穏やかな笑みを向ける。
「彼女は少し休憩しますので、ダンスのお誘いはまたの機会にお願いします」
「あ……そうでしたか」
ノアの腰に下げられた剣と、その立ち振る舞いを見て察したのか、男性たちはそれ以上食い下がることなく離れていった。
「助かりました……」
リアがほっと息を吐く。
「どう断ったらいいのか分からなくて……」
「困ったときは、俺を呼んでください」
「でも、ノアさんもお仕事中ですよね?」
「それも俺の仕事です」
ノアはそう言って、いつものように穏やかに笑った。
その頃――。
少し離れた場所で貴族たちと話していたルシアスは、ふとリアの姿を探した。
先ほどまでカインと踊っていたはずのリアが、今度は数人の男たちに囲まれている。
「…………」
ルシアスの眉間に、わずかに皺が寄った。
男たちはリアに何かを話しかけ、リアは困ったように周囲を見回している。その様子を見た瞬間、ルシアスの指先がぴくりと動いた。
「失礼。少し席を外す」
返事を待つこともなく、ルシアスは話を早々に切り上げた。
リアのもとへ向かおうとした、そのときだった。
ノアがリアの前に立ち、男たちを穏やかに退けているのが見えた。
やがて男たちは離れていき、リアがほっとしたように笑う。
その笑顔を見て、ルシアスの胸に張りつめていたものが、わずかに緩んだ。
ノアがいるなら問題ない。
そう思い、足を止めかけた。
だが――。
リアはノアを見上げ、嬉しそうに笑っていた。
ノアもまた、いつもの穏やかな笑みを浮かべながら、彼女の言葉に耳を傾けている。
「…………」
なぜか、その光景が妙に気に障った。
ノアがリアを守るのは当然のことだ。
むしろ、安心すべき状況のはずなのに。
(……面白くないな)
ルシアスはわずかに眉を寄せる。
そして、自分でも理由の分からない苛立ちを抱えたまま、二人のもとへ歩き出した。
「あ、ルシアスさん! 挨拶はいいんですか?」
「ああ。貴族たちに囲まれていたが、何もなかったか?」
「はい! ノアさんが助けてくれました」
リアの言葉に、ノアはわずかに目を見開いた。
(……リア殿が心配で、わざわざ話を切り上げてきたのか)
ルシアスが彼女を気にかけていることは、以前から感じていた。
それでも、こうして目の当たりにすると、胸の奥が妙にざわつく。
(……俺がそばにいるのに)
そこまで考えて、ノアははっとした。
(何を考えてるんだ、俺は……)
ルシアスがリアを心配するのは当然のことだ。
それなのに、まるで張り合うようなことを考えてしまった自分が情けない。
ノアは小さく息を吐き、何事もなかったかのように表情を整えた。




