第40話 俺だけ見てればいい。
ルシアスにエスコートされ、リアが会場へ足を踏み入れる。
煌びやかな会場には、すでに多くの貴族や王族たちが集まっていた。
そして二人が姿を現した途端、あちこちから小さなどよめきが起こる。
「……あの方、競技場にいらした方ではなくて?」
「やっぱり、ルシアス殿下とお知り合いだったのね……」
「それどころか、殿下がエスコートなさってるわ」
「一体、どちらのご令嬢なのかしら……」
令嬢たちがひそひそと囁き合う一方で、男性たちからも声が上がる。
「……綺麗な方だな」
「あんな令嬢、昨日もいたか?」
「いや……俺は見た覚えがない」
「可愛らしい方だね」
次々と向けられる視線に、リアは落ち着かない様子で辺りを見回した。
「なんだか、すごく見られてますね……」
「ああ」
「……あっ! 今日のルシアスさん、すごくかっこいいからですよ!」
「…………」
ルシアスが足を止めた。
「……俺?」
「はい!」
リアは迷うことなく頷く。
「いつもかっこいいですけど、今日はもっとかっこいいです!」
「…………そうか」
ルシアスはそれだけ答えると、再び歩き出した。
その横顔が、ほんの少しだけ柔らかくなっていることに、リアは気づかなかった。
ふと周囲を見渡すと、警護の打ち合わせをしているのか、ノアが数人の騎士たちと話しているのが目に入る。
やがてノアも二人に気づき、こちらへ歩み寄ってきた。
「殿下、お待ちして――」
そう言いかけたノアの視線が、リアへ向く。
「…………」
そのまま、言葉が止まった。
「……ノアさん?」
「……いえ」
ノアは一度視線を逸らしてから、改めてリアを見る。
「とても、お似合いです」
「ありがとうございます!」
リアは嬉しそうに、にこりと微笑んだ。
その笑顔に、ノアの胸が小さく跳ねた。
しばらくすると――。
会場のざわめきが静まり、皆の視線が一斉に前方へと向けられた。
そこには、正装に身を包んだカインが立っている。
「今宵は、我がアヴェリオス王国の舞踏会へお越しいただき、心より感謝する」
いつもの柔らかな雰囲気とは違う、王子らしい堂々とした姿に、リアは思わず目を瞬かせた。
(カインさん……やっぱり王子様なんだなぁ)
カインの開会を告げる言葉が、華やかな会場に響き渡った。
やがて挨拶を終えると、音楽隊がゆったりとした曲を奏で始める。
リアとルシアスは、自然と向かい合った。
「なんか、緊張してきました……」
リアは落ち着かない様子で、ちらちらと周囲へ視線を向ける。
先ほどから、他の貴族たちの視線が気になって仕方がない。
「練習はしたんですけど……こんなに見られてると、間違えそうで」
「気にするな」
「でも……」
「俺だけ見ていればいい」
「……え?」
さらりと言われた言葉に、リアは思わずルシアスを見る。
「周りを見るから緊張するんだろう」
「あ……そ、そういうことですね」
「ああ」
(びっくりした……)
ルシアスは何事もなかったように、リアへ手を差し出す。
「行くぞ」
「……はい」
リアはその手に、自分の手を重ねた。
ルシアスに導かれるまま、ゆっくりと足を踏み出す。
最初こそ緊張で身体が強張っていたものの、練習した動きを思い出すうちに、少しずつ肩の力が抜けていった。
(あれ……思ってたより踊れてるかも)
ほっとしたのも束の間、くるりと身体を回され、再びルシアスと向き合う。
「わっ……」
「前を見ろ」
「す、すみません」
慌てて顔を上げると、すぐ近くに灰色の瞳があった。
「…………」
「どうした?」
「い、いえ! なんでもないです!」
リアは誤魔化すように笑い、今度こそ足元を見ないように意識する。
やがて緊張も忘れ、リアの表情には自然と笑みが浮かんでいた。
「なんだか……楽しいですね」
「ああ」
短く答えたルシアスの表情も、いつもよりどこか柔らかい。
そうして二人は、音楽に合わせてゆっくりと踊り続けた。
やがて曲が終わり、リアはほっと息を吐いた。
「よかった……間違えずに踊れました」
「練習した成果だな」
「はい!」
嬉しそうに笑っていると、こちらへ歩いてくるカインの姿が見えた。
「リア」
「あっ、カインさん!」
カインが何のためにこちらへ来たのか、ルシアスにもすぐに分かった。
おそらく、次の曲に誘うつもりなのだろう。
そう思った瞬間、胸の奥にわずかな引っかかりを覚える。
「…………」
だが、舞踏会の場で一人の相手とばかり踊るわけにもいかない。
ましてやカインは、この国の王子だ。
リアが彼と踊ることに、何もおかしなことはない。
そう自分に言い聞かせるように、ルシアスは小さく息を吐いた。
カインはリアの前まで来ると、その姿を見て一瞬目を見開いた。
「……驚いた」
「え?」
「今日のリア、すごく綺麗だね」
「ありがとうございます!」
リアは素直に礼を言うと、何かを思い出したように目を輝かせた。
「あっ! カインさんも、さっきすごかったです!」
「俺?」
「はい! 挨拶してる姿、すごく堂々としてて……なんか、本当に王子様みたいでした!」
「…………」
カインが笑顔のまま固まる。
「リア」
「はい?」
「俺、本当に王子なんだけど」
「……あ」
数秒の沈黙。
「そうでした」
「忘れてたの?」
「忘れてたわけじゃないです!」
慌てて否定するリアに、カインは堪えきれず吹き出した。
「ははっ。リアって本当に面白いね」
「褒められてる気がしません……」
「ちゃんと褒めてるよ」
そう言って笑うと、カインはリアへ手を差し出した。
「じゃあ、そんな“本物の王子様”と一曲どう?」
「まだそれ言います?」
「しばらくは言うつもり」
「もう……!」
リアは少し頬を膨らませながらも、その手を取った。
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気づけば第40話!
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