第4話 自己紹介をしました。
二人について歩いていくと、街道沿いに一台の馬車が停められていた。
黒を基調とした立派な馬車だった。
「……! これに乗るんですか?」
(わぁ……すごい!馬車とかおとぎ話みたい)
リアは目を輝かせながら馬車を見上げる。
「ああ」
銀髪の青年が短く答えた。
「王都までは歩いて行くには距離がある」
「なるほど……」
リアは頷いた。
異世界に来てから、目にするものは何もかもが初めてだ。もちろん、馬車に乗るのも初めてだった。
「どうぞ」
ブラウンの髪の青年が馬車の扉を開ける。
「ありがとうございます」
リアが乗り込もうとした、そのとき。
「……あの」
「何だ?」
先に乗り込んでいた銀髪の青年が、馬車の中から振り返る。
リアは馬車の前で立ち止まり、入口をじっと見つめた。
目の前にあるのは、見たことのない大きな馬車。
木製の車体には立派な装飾が施され、入口には小さな踏み台がある。
「これ、どうやって乗るんですか?」
「……」
青年は一瞬、黙った。
「足をかけて乗る」
「それは分かるんですけど……」
リアは踏み台に足を乗せかけ、すぐに引っ込める。
改めて見上げると、馬車の入口はリアの胸元よりも高い。しかも、スカートでこの高さを乗り越えるのは、なかなか大変そうだ。
「高すぎて……私、登れないかも」
リアが入口を見つめたまま動かないでいると、隣にいたブラウンの髪の青年が声をかけた。
「大丈夫です。手を貸します」
「……お願いします」
青年は踏み台に手を添え、リアが足をかけやすいようにしてくれる。
「まず、ここに足をかけてください」
言われた通りに足を乗せると、青年が手を差し出した。
「では、こちらを」
「はい……」
リアは差し出された手を見つめ、少し戸惑うが、素直にその手を取った。
そのまま青年に手を引かれ、馬車へと乗り込む。
「……よし。ありがとうございました」
無事に乗り込めたことにほっとしながら、リアは青年に礼を言った。
ふと顔を上げる。
すると、すでに車内に座っていた銀髪の青年と目が合った。
「……」
「……」
なぜか彼は、じっとリアを見つめている。
(……なんだろう?)
リアは首を傾げながら、空いている席へ腰を下ろした。
ほどなくして、馬車がゆっくりと走り出す。
リアは窓の外へ視線を向けた。
見たことのない景色が、次々と後ろへ流れていく。
森。
広い草原。
遠くに見える山々。
どれも、リアの知っている世界には存在しないものだった。
「……そういえば」
向かいに座っていた銀髪の青年が、静かに口を開いた。
「まだ互いに名乗っていなかったな」
「あ……!」
リアはぱっと顔を上げた。
そういえば、彼の名前すら知らない。
「私はリアです。一ノ瀬リア」
「……イチノセ?」
「はい。リアで大丈夫です」
そう言って、リアはにこりと笑った。
「あなたは?」
「……ルシアス・エーレンハイト」
「ルシアス様、ですね」
「様はいらない」
「えっ?」
(え、王子様っぽいのに「様」いらないんだ……)
ルシアスは一瞬、言葉を止めた。
「好きにしろ」
「じゃあ、ルシアスさん?」
「……」
なぜか、ルシアスは黙り込んだ。
(あれ? また黙った)
「だめですか?」
「……好きにしろと言った」
「じゃあ、ルシアスさんで!」
リアが嬉しそうに笑う。
その笑顔を見て、ルシアスはわずかに視線を逸らした。
「そういえば、殿下って呼ばれてましたけど……王子様なんですか?」
「……そうだ」
「やっぱり!」
リアは納得したように頷いた。
(やっぱり王子様だったんだ……)
改めてルシアスを見る。
(……ものすごくそれっぽいもんね)
「どうしてそう思った?」
「だって、みんなルシアスさんのことを殿下って呼んでましたし。それに……」
リアはちらりと、ルシアスの服装を見た。
「すごく偉そうだったので」
「……」
馬車の中の空気が、一瞬止まった。
(……?)
リアは二人の顔を見る。
(なんか変なこと言った?)
「リア」
「はい?」
「それは褒めているのか?」
「もちろんです!」
リアは迷いなく答えた。
(だって、王子様って偉い人なんだよね?)
リアは、本気でそう思っていた。
「王子様って、偉い人ですよね?」
「……そうだな」
「じゃあ、褒めてます!」
「……」
ルシアスは何も言わなかった。
その隣で、ブラウン髪の青年の肩が小さく震えた。
「……あの」
リアがそちらを振り向く。
「はい?」
「いや、失礼」
男は口元を押さえながら、にやりと笑った。
「俺はノア。ノア・グレイル。見ての通り、殿下の護衛をしてます」
「ノアさんですね。よろしくお願いします」
「こちらこそ。……いやぁ、面白いお嬢さんだ」
「面白い?」
「褒めてますよ」
ノアはさらりと答えた。
その直後。
「……っ、はははははっ!」
「ノア!」
突然、ノアが堪えきれずに笑い出した。
「いや、すみません、殿下。まさか殿下を見て『すごく偉そう』とは思わなくて」
「笑いすぎだ」
「すみません、殿下」
ノアはそう言いながらも、まったく悪びれた様子もなく肩をすくめた。
「ちなみに殿下は、エルディア王国の第一王子です」
「えっ……!」
リアは目を丸くした。
「第一王子……?」
「そうです」
ノアが頷く。
リアは改めてルシアスを見る。
銀色の髪。整った顔立ち。仕立てのよさそうな服装。
言われてみれば、確かに王子様らしい。
「……すごい」
「何がだ?」
「本物の王子様なんですね!」
「……」
ルシアスは無言でリアを見る。
その隣で、ノアが口元を押さえた。
(……いや、本物って)
思わず吹き出しそうになるのを、必死に堪える。
目の前にいるのは、正真正銘、この国の第一王子だ。
(そりゃ本物に決まってるだろ)
そう心の中でツッコミを入れながら、ノアは肩を震わせていた。
「……お前は、変わっているな」
「そうですか?」
「王族を前にしても、まるで態度が変わらない」
「うーん……」
リアは少し考えた。
「だって、ルシアスさんは普通に話してくれるじゃないですか」
「普通に?」
「はい」
リアは何でもないことのように頷く。
「だから、私も普通に話してます」
「……」
ルシアスは、わずかに視線を逸らした。
その様子を見て、ノアはまた笑いそうになる。
「……殿下」
「何だ」
「いえ、別に?」
「……」
ノアはにやにやと笑った。
「……何だ」
「いえ、本当に何でもありませんよ」
「その顔で何でもないは無理があるだろう」
「そうですか? 俺はいつも通りですが」
「ノア」
「すみません、殿下」
ノアはそう言って、また楽しそうに笑った。
ルシアスは、さらに深くため息をついた。




