第34話 ……光魔法、か。
「リア様、そろそろ起きてくださいませ」
聞き慣れたナタリーの声に、リアはゆっくりと目を開けた。
「ん……おはようございます。ナタリーさん」
まだ眠気の残る目を擦りながら、身体を起こす。
「昨日は楽しかったですね」
ナタリーが意味ありげに微笑む。
「えっ……」
その笑みに、リアの脳裏に昨日の出来事が蘇った。
ルシアスの指先が、自分の口元に触れたこと。
そして、その指についたクリームを何気なく舐め取ったこと。
「……っ」
思い出した途端、頬がじわりと熱くなる。
(だ、だめ……! また思い出しちゃった……!)
リアはぶんぶんと頭を振った。
「リア様?」
「な、なんでもないです!」
このまま考えていたら、また昨日のことばかり思い出してしまいそうだ。
リアは小さく息を吐き、気持ちを切り替える。
そんなリアを見ながら、ナタリーはこっそりと口元を緩めた。
(私は何も言っていませんよ、リア様)
今日は、ルシアスたちが出場する魔法対戦の日だ。
身支度を終え、朝食を済ませたリアは、ナタリーとともに王都にある大きな魔法競技場へ向かった。
「魔法対戦って、どんな形で行われるんですか?」
歩きながら、リアは隣にいるナタリーに尋ねる。
「そうですね。確か、トーナメント方式だったはずです」
「トーナメント……」
リアは少し考えてから、ふと顔を上げた。
「じゃあ、ルシアスさんたちが対戦することもあるんですか?」
「もちろんございますよ。勝ち進めば、ですが」
「おお……!」
ルシアスとノア、そしてカイン。
三人が本気で魔法を使って戦う姿を想像し、リアは少しだけ胸を躍らせた。
これまで魔法を目にする機会はあったものの、魔法を使った本格的な対戦を見るのは初めてだ。
「ちょっと楽しみです!」
「ふふっ。リア様なら、そうおっしゃると思いました」
そんな話をしているうちに、二人の前に大きな建物が見えてきた。
「あれが会場ですか?」
「はい」
近づくにつれ、周囲を歩く人の数も増えていく。
会場の入り口にはすでに多くの観客が集まり、中からは賑やかな声が聞こえてきた。
「すごい人……」
リアは辺りを見回しながら、ナタリーとともに会場の中へと入っていった。
案内された観客席に腰を下ろし、リアは対戦場へと視線を向ける。
そこには、試合を控えた出場者たちの姿があった。
「あっ!」
見慣れた三人を見つけ、リアの表情がぱっと明るくなる。
「ルシアスさん! ノアさん! カインさん!」
声が届くかは分からなかったが、リアは大きく手を振った。
真っ先に気づいたカインが、笑顔で手を振り返す。
ノアもリアに気づくと、穏やかに微笑みながら軽く手を上げた。
そしてルシアスも、リアの姿を見つける。
一瞬目が合い――ルシアスは静かに片手を上げた。
「ふふっ」
三人とも気づいてくれたことが嬉しくて、リアは小さく笑った。
その隣では、ナタリーがそんな四人の様子を微笑ましそうに眺めていた。
しばらくすると、開会を告げる合図とともに音楽隊が姿を現し、華やかな演奏が始まった。
「みんなの出番はまだみたいなので、先にお手洗いに行ってきますね」
リアはそう告げて、席を立つ。
「私もご一緒しますよ」
「近いので大丈夫ですよ! すぐに戻ってきます」
「ですが……」
「本当にすぐそこですから!」
そう言って笑うリアに、ナタリーは少し迷ったあと、仕方なさそうに頷いた。
「……分かりました。お気をつけて」
「はい!」
リアは一人、観客席をあとにした。
お手洗いを済ませ、観客席へ戻ろうと廊下を歩いていた、そのときだった。
角を曲がったところで、前から歩いてきた男性とぶつかってしまった。
「あっ……! すみません! 大丈夫ですか?」
「ああ。問題ない」
そう答えた男性の腕に、細い傷があるのが目に入った。
「……えっ! 怪我してるじゃないですか!」
「これは――」
「私がぶつかったせいですよね!? ごめんなさい!」
「いや、これは君のせいでは――」
「腕、見せてください!」
リアは男性の腕をそっと取った。
「え?」
触れた瞬間、淡い光がふわりと指先からこぼれる。
男性の腕にあった傷が、跡形もなく消えていった。
「…………」
「…………」
リアは自分の手を見つめる。
(今の……私の光魔法?)
自分でも驚いているリアに、男性が静かに問いかけた。
「君は……光魔法が使えるのかい?」
「えっと……」
どう答えればいいのか分からず、リアが戸惑った、そのとき――
「リア様!」
聞き慣れた声が飛んできた。
「あ、ナタリーさん!」
振り返ると、ナタリーがこちらへ駆け寄ってくる。
「なかなかお戻りにならないので、心配しました」
「ごめんなさい! ちょっと人が多くて……」
リアは男性へ向き直った。
「すみませんでした! それじゃあ!」
軽く頭を下げると、ナタリーとともにその場を離れていく。
「…………」
男は、遠ざかっていくリアの背中を静かに見つめた。
やがて、傷のあった腕へ視線を落とす。
先ほどまであったはずの傷は、跡形もなく消えていた。
「……光魔法、か」
ただ触れられただけだった。
それも、ほんのわずかな時間。
それだけで、傷は完全に治っている。
男はわずかに目を細めた。
「……妙な魔力だな」
そして、もう一度リアが去っていった方向へ視線を向ける。
「リア……様、か」




