第33話 ……なるほど。
やがて五人は店を出て、王宮へ戻ることになった。
馬車に乗り込む。
しかし――
「……」
「……」
「……」
車内は、妙な沈黙に包まれていた。
リアは俯いたまま、さっきの出来事を思い出しては頬を熱くしている。
ノアは窓の外を眺めながら、何かを考え込んでいた。
カインに至っては、明らかに機嫌が悪い。
そしてナタリーは、そんな三人を交互に眺めながら、口元を押さえている。
(これは……面白すぎます……!)
一方、当の本人であるルシアスだけは、何事もなかったかのように座っていた。
「……」
しばらくして、ルシアスが不思議そうに口を開く。
「……どうした?」
「……何でもありません」
ノアが答えた。
声はいつも通り落ち着いていたが、表情は明らかに硬かった。窓の外へ向けた視線は、一度もこちらへ戻らない。
先ほどの光景が、何度も脳裏に蘇っていた。
リアの口元へ伸びたルシアスの指。そこに残ったクリームを、何のためらいもなく舐め取った仕草。そして、その直前に浮かんだ柔らかな微笑み。
あれが自分だったなら――そう考えかけて、ノアはすぐに思考を打ち切った。
自分は、あんなふうに自然にリアに触れることができるだろうか。
何の躊躇もなく距離を縮めたルシアスの姿が、ひどく羨ましかった。
――同時に、少し腹立たしかった。
(……殿下は、あれがどういう意味になるのか分かっているのか?)
カインも、少し間を置いてから口を開いた。
「なんでもないよ」
こちらは穏やかな口調を保っていたものの、いつもの柔らかな笑顔は消えていた。
カインの脳裏にも、先ほどの光景が浮かぶ。
赤くなったリアの頬と、ルシアスから目を逸らせなくなっていた姿。
自分なら、あんなふうにリアを動揺させられるだろうか。
そう考えた瞬間、カインは小さく眉を寄せた。
これまで何度もリアに想いを示してきたつもりだ。
それなのに、彼女はいつもどこか鈍くて、こちらの気持ちなどまるで気づいていない。
そんなリアが――ルシアスのたった一つの仕草で、あれほど分かりやすく頬を染めた。
(……無自覚で、あれは反則だろう)
カインは小さく息を吐き、視線を窓の外へ移した。
ルシアスは二人の様子を見比べながら、わずかに眉を寄せ、首を傾げた。
「……そうか」
二人の返答がどこか不自然なことには気づいている。けれど、なぜそんな反応をするのかまでは分からない。まさか、その原因が自分にあるとは、思いもしなかった。
その様子を見ていたナタリーは、必死に笑いを堪えていた。
(殿下……無自覚なんですね……!)
(しかも、ノア様もカイン殿下も、完全に嫉妬していらっしゃいます……!)
その隣で、リアはまだ頬の熱を冷ませずにいる。
(……あれは、何だったんだろう)
考えても答えは出ない。
ただ、ルシアスに触れられた感触と、指先に残ったクリームを舐め取った仕草だけが、何度も脳裏に蘇っていた。
馬車の中には、誰も口に出せない感情だけが渦巻いていた。
何とも言えない空気を乗せたまま、馬車は王宮へと進んでいった。
やがて馬車が王宮へ到着する。
先に降りたノアに続き、リア、ルシアス、カイン、ナタリーが馬車から降りていく。
その様子を、王宮の入り口で待っていた一人の男が見つめていた。
「……おや?」
オスカーだった。
王都から戻ってきた五人を見て、オスカーは一瞬だけ目を瞬かせる。
――なんだ、この空気は。
リアは頬を赤くしたまま俯いている。
ノアは妙に険しい顔をしており、カインに至っては明らかに機嫌が悪い。
そして当のルシアスだけは、いつもと変わらない。
「…………」
オスカーは五人を順番に見つめる。
そして、何かを察したように口元をゆっくりと緩めた。
「……なるほど」
小さく呟き、楽しそうに目を細める。
どうやら――王都で、何か面白いことがあったらしい。




