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帰りたいのに、帰してくれません。  作者: 希。


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第32話 ……甘いな。

 店を出た五人は、しばらく王都の街並みを眺めながら、通りを歩いた。


 色とりどりの店や露店を眺めながら歩いていると、リアの視線がふと、とある店先で止まった。


「わぁ……!美味しそう!」


 ショーケースに並べられた色鮮やかなケーキに、リアは目を輝かせる。


 その様子に気づいたカインが、店のほうへ視線を向けた。


「ああ、ここか。ここは王都でもかなり人気の店だよ」


「そうなんですか?」


「うん。せっかくだし、入ってみようか!」


「はい!」


リアは嬉しそうに頷いた。


 店内へ入ると、五人は窓際の席へ案内された。それぞれが好きなケーキを選ぶ中、リアは苺がたっぷり乗ったケーキに目を留めた。


「これにします!」


 運ばれてきたケーキを前に、リアは嬉しそうに手を合わせる。


「いただきます!」


 フォークで一口すくい、口に運ぶ。甘酸っぱい苺と、なめらかなクリームが舌の上で溶けた瞬間、リアの顔がぱっと明るくなった。


「美味しい……!」


 その声につられるように、ルシアスの視線がリアへ向く。


 リアは周囲の視線も忘れたように、夢中でケーキを食べていた。頬を緩め、幸せそうに目を細める。その無防備な表情を見つめているうちに、ルシアスの口元にも、かすかな笑みが浮かんだ。


 普段の彼を知る者なら、見間違いかと思うほどの変化だった。


「……?」


 ふと視線を感じ、リアが顔を上げる。


 目が合った。


 いつもより柔らかなルシアスの表情に、リアの胸が不意に高鳴る。なぜか彼の灰色の瞳から目を逸らせなかった。


「……っ、ど、どうかしました?」


 ようやく尋ねると、ルシアスは答える代わりに、ゆっくりと手を伸ばした。


 長い指が、リアの頬のすぐそばで止まる。


「……っ」


 何をされるのか分からないまま、リアの肩がわずかに強張った。


 ルシアスの指先が、彼女の口元にそっと触れる。ほんの一瞬の接触だった。それなのに、触れられた場所から熱が広がっていくようだった。


「クリームがついている」


 低く落ち着いた声が、近い距離から響く。


 ルシアスはリアの唇の端に残っていたクリームを、指先ですくい取った。


 あまりにも自然な仕草だった。


 けれど――


 ルシアスは指先に付いたクリームへ視線を落とすと、そのまま何気なく舐め取った。


「……!」


 リアの思考が、一瞬止まった。


(い、今……舐めた……?)


 頬が一気に熱くなる。


 ただクリームを取ってくれただけ。


 そう思おうとするのに、触れられた感触と、先ほど見た微笑みが頭から離れない。


「ありがとうございます……」


 どうにかお礼を言うと、リアは逃げるように視線をケーキへ戻した。けれど、フォークを持つ手はわずかに震えていた。


「……甘いな」


 ルシアスはそう呟くと、何事もなかったかのように手を引いた。


 けれど、ふと目に入ったリアの赤くなった頬に、ルシアスはわずかに眉を寄せる。


「……?」


 なぜ、急に頬が赤くなったのだろう。


 理由は分からない。


 ただ、その表情が妙に気になって、ルシアスはしばらくリアを見つめていた。

 

(殿下……今、何を……?)


 ノアは完全に固まっていた。


 リアの口元についたクリームを取っただけなら、まだ分かる。


 だが――その指を、舐めた。


(……殿下が?)


 信じられないものを見るように、ノアはルシアスを見つめた。

 

 そして、向かいに座るカインからも、先ほどまで浮かんでいた穏やかな笑顔が消えていた。


 じっとルシアスを見つめるその瞳には、隠しきれない嫉妬が滲んでいる。


(……近すぎるだろ)


 カインは無意識に、フォークを握る手に力を込めた。

 

 そんな二人をよそに、ナタリーは両手で口元を押さえ、必死に声を押し殺していた。


(きゃあああああっ!!今のは何ですか!?何ですか今の!?完全に恋人同士の距離感ではありませんか!?


 しかも殿下、微笑みましたよね!?リア様を見て、確かに微笑みましたよね!?


 そして今、指先についたクリームを……!)


 リアだけが、まだ熱の残る頬を隠すように俯いていた。


 なんとかケーキを食べ終えたものの、先ほどの出来事が頭から離れない。


 一方、ノアとカインも別の意味で先ほどの光景が頭から離れず、終始無言のままコーヒーを飲んでいた。


 そんな二人とは対照的に、ナタリーは何故か楽しそうにしている。


 そして、当のルシアスだけが、いつもと変わらない様子で紅茶を口にしていた。

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