第23話 アヴェリオス王国へ行くことになりました。
そしていよいよ、アヴェリオス王国へ向けて3泊4日の旅が始まった。
馬車がゆっくりと走り出す。
「わぁ……!」
リアは窓から身を乗り出すようにして、外の景色を眺めている。
「リア様、そんなに身を乗り出したら危ないですよ」
ナタリーが声をかける。
「大丈夫です!」
即答しながらも、リアはなおも窓の外へ視線を向ける。
その瞬間、馬車が小さく揺れた。
「わっ……」
リアの身体がふらりと傾く。
次の瞬間、ノアが反射的に腕を伸ばしリアの肩を支えた。
「……っ」
触れた瞬間、ほんの一拍だけ、ノアの動きが止まる。
「もう少しこちらへ。揺れますから」
「あ、ありがとうございます」
「いえ」
短いやり取り。
リアは素直に頷き、少しだけ体を内側へ戻す。
だが完全には離れず、結局ノアのすぐ隣に落ち着いた。
肩と肩が、ほんのわずかに触れる距離。
その距離を、ノアは一度だけ意識してしまう。
(……近いな)
そう思った自分に、すぐに内心で首を振る。
リアは再び外を見ながら、ふと呟いた。
「馬車って、思ってたより揺れるんですね」
「慣れれば平気になりますよ」
ノアがすぐに返す。
「ノアさんは慣れてるんですか?」
「ええ。任務で移動することも多いので」
「すごい……」
リアは感心したように小さく息を吐く。
その横顔を、ノアは一瞬だけ見た。
「……退屈ではないですか?」
「全然!」
リアは即座に首を振った。
「むしろ楽しいです。外の景色も綺麗だし、馬車ってちょっと特別な感じがして」
「……そうですか」
ノアの声が、ほんの少しだけ柔らかくなる。
リアは気づかないまま、また窓の外へ視線を戻した。
その拍子に、髪がふわりと揺れる。
ふと、甘い香りがノアの鼻先をかすめた。
「……」
一瞬、ノアの呼吸が止まる。
花のような、柔らかな香り。
すぐ隣にいるリアから漂ってきたものだと気づき、ノアはわずかに目を伏せた。
先ほどから、どうにもリアとの距離を意識してしまう。
「ノアさん?」
「……はい?」
「どうかしました?」
「いえ。何でもありません」
ノアは平静を装いながら、そっと視線を窓の外へ逃がした。
けれど、先ほどの甘い香りが、なかなか頭から離れなかった。
ナタリーは、その様子を一部始終見ていた。
(……近い)
(いやいや、待って。何でそんな自然に隣に座ってるの!?)
(ノア様も何ですか、その当然みたいな顔は!)
(ていうか、いつの間にこんなに距離が縮まったの!?)
(……っていうか、殿下は?!)
ナタリーは、はっとしてルシアスへ視線を向ける。
ルシアスは、向かいの席で静かに目を閉じていた。
(……寝てる?)
(いや、絶対寝てないわよね!?)
ナタリーは、じっとルシアスを見つめる。
すると――
ルシアスが、ゆっくりと目を開けた。
「……何だ?」
「い、いえっ! 何でもありません!」
(怖っ!!)
けれど、リアはそんなことには気づかない。
「ルシアスさん、こっちの席座ります?」
「……ああ」
「じゃあ私、ナタリーさんの隣に行きますね!」
「……」
ルシアスの動きが、一瞬だけ止まった。
リアは何も気にせず、ナタリーの隣へ腰を下ろす。
「ここならナタリーさんと一緒に景色が見られますね!」
「え、ええ……そうですね」
ナタリーは笑顔を返しながら、ちらりとルシアスを見る。
「…………」
ルシアスは、じっとリアを見ていた。
(……え、めちゃくちゃ見てない?)
ナタリーの背筋が、ぞくりとする。
(いやいやいや!)
(殿下!? 何でそんな顔してるんですか!?)
(リア様、何も悪くないですよ!?)
けれど当のリアは、そんなことにはまったく気づいていない。
「ナタリーさん、あそこ見てください! すごく綺麗ですよ!」
「え、あ……はい」
(……これは)
ナタリーは確信した。
(殿下、絶対ちょっと嫉妬してる!!)
――その頃。
少し離れた場所を走る、もう一台の馬車では。
オスカーとセバスが向かい合って座っていた。
オスカーは窓の外を眺めながら、ふっと口元を緩めた。
「……いやぁ、今回の旅は面白くなりそうだねぇ」
「そうですか?」
向かいに座るセバスが答える。
「リアちゃんに、ノア君、そして殿下」
オスカーは、指を一本ずつ折りながら名前を挙げていく。
「三人とも興味深いけど……」
そこで、にやりと笑った。
「特に殿下だねぇ」
「……殿下ですか?」
「そう」
オスカーは意味ありげに頷く。
「最近、ちょっと変わったと思わないかい?」
「……」
セバスは少し考えるように目を伏せる。
「……確かに」
「だろう?」
「以前の殿下なら、女性と長時間同じ馬車に乗ることすら嫌がりそうなものですが……」
「それが今回は、リアちゃんと同じ馬車だからねぇ」
オスカーは楽しそうに笑う。
「しかも、嫌がるどころか随分と気にかけている」
「……」
セバスの脳裏に、これまでのルシアスの姿が浮かぶ。
「……確かに、以前とは少し違われますね」
「だろう?」
オスカーは、さらに楽しそうに目を細めた。
「これは……もしかすると、もしかするかもしれないねぇ」
「……オスカー様」
「何だい?」
「余計なことは、なさらないでください」
「ははっ。私は何もしていないよ」
「今のところは、でしょう?」
「……さあねぇ」
オスカーは、意味ありげに笑った。
――それから二日間。
アヴェリオス王国への旅は、特に大きな問題もなく進んだ。
リアは見慣れない景色に目を輝かせたり、馬車の中でノアやナタリーと他愛のない話をしたり。
時には、休憩のたびに珍しい食べ物を見つけては嬉しそうに頬張っていた。
そんなリアを、ノアはいつも穏やかに見守っていた。
そしてルシアスは――
時折、リアとノアの距離を眺めては、なぜか小さく眉を寄せていた。
本人は、その理由にまだ気づいていない。
そうして旅は、三日目の夜を迎えた。




