第19話 王都へお出かけです。前編!
チュン……チュン……
朝になり、小鳥のさえずりでリアは目を覚ました。
「ふぁ……」
今日は、ついに王都へ行く日だ。
帰る手がかりを探しに行くのが目的だが、王都へ行けるのが楽しみでいつもより早く身支度を済ませる。
コン、コン。
「おはようございます、リア様。今日もお早いですね」
ナタリーがにっこりと微笑んだ。
「おはようございます!今日は王都へ行くのが楽しみで早く起きちゃいました」
少し照れながら笑うリアを見て、ナタリーも嬉しそうに目を細める。
「そうでしたね。それでは、せっかくのお出かけですし、少しだけお洒落をいたしましょう」
「え?」
ナタリーは櫛を手に取ると、慣れた手つきでリアの長い髪を梳かし始めた。
「ハーフアップでしたら、リア様の綺麗な髪がよく映えますよ」
「そ、そうですか?」
鏡に映る自分は、いつもより少しだけ大人っぽく見える。
「はい、とてもお似合いです」
「わぁ……!」
リアは思わず笑顔になった。
⸻
そしてエントランスホールにつくと、ノアが先に待っていた。
「お待たせしました!」
後ろからリアが声をかける。
「……」
振り返ると、そこにはいつもと違う髪型のリアが立っていた。
ゆるく結われたハーフアップが、いつもより大人びた雰囲気を引き立てている。
ノアは思わず見惚れた。
「ノアさん?」
「あ、いえ!……とても、お似合いですよ」
「ありがとうございます!」
リアがにっこりと笑う。
その笑顔を見た瞬間、ノアは無意識に胸元へ手を添えた。
(……なんだ、今の)
「どうしました?」
「いえ、何でもありません!」
慌ててごまかすノア。
しばらくするとルシアスが来て、リアを見る。
ほんの一瞬だけ目を見開いたが、すぐに表情が戻る。
「……行くぞ」
(あれ?似合ってなかったのかな……)
リアは少し不安になったが、歩き始めたところでルシアスがポツリと囁く。
「……似合っている」
リアはびっくりして、
「え?」
「その髪型だ」
照れ隠しのように前を向いたまま言う。
「ありがとうございます!」
リアは嬉しそうに笑う。
その後ろでノアが、
(殿下……今さら言うんですね)
そう思ったはずなのに、胸の奥が小さくざわついた。
その理由は、まだわからなかった。
王宮を出る前、ルシアスはフード付きの外套を羽織った。
「変装ですか?」
リアが不思議そうに尋ねる。
「王都では顔が知られているからな。余計な騒ぎは避けたい」
「なるほど……」
「殿下は少々近寄りがたいと思われているようですが、王都の方々からの信頼は厚いんですよ。お姿を見つけると、皆さん挨拶に集まってしまうんです。」
ノアが微笑みながら説明する。
「そうなんですね。皆さんに信頼されてるなんて、素敵です」
リアは納得したように頷いた。
「……騒がれるだけだ」
ぶっきらぼうに返したルシアスだったが、リアにはその耳が少し赤くなっているように見えた。
(……あ、照れてる)
リアは思わず口元を緩めた。
それから馬車に乗り、あっという間に王都へ着いた。
たくさんの人で賑わい、屋台からは美味しそうな香りが漂う。
東京とはまた違った風景に、リアは目を輝かせる。
「……すごい!」
そんなリアを見たルシアスは、少し口元を緩めた。
「元の世界へ帰る手がかりがありそうなのは、図書館か資料館だろう」
「そうですね。図書館でしたら、王都で一番大きな図書館がこの近くにあります」
ノアはそう言って、図書館のある方向を指差した。
「じゃあ、最初は図書館から行きましょう!」
リアは二人を見て、力強く頷く。
少し歩くと、石造りの重厚な建物が、王都の一角に堂々と建っているのが見える。
「えっ……ここが図書館?」
リアは目を丸くした。
目の前にあるのは、図書館というより豪華な宮殿だった。
高くそびえる白い柱と大きなアーチ状の入り口。
大きな扉は絶え間なく開閉し、学者や魔法使い、学生らしき人々が次々と中へ入っていく。
重厚な扉を開けると、ひんやりとした空気がリアを包み込んだ。
吹き抜けになった館内には、天井まで届く本棚が並び、静寂の中を本をめくる音だけが響いている。
「わぁ……」
リアは思わず辺りを見回した。
すると、一人の司書が返却された本にそっと手をかざす。
「——ウィンド」
小さく唱えると、司書の指先から淡い緑色の魔力が流れ、本は風に乗るように棚へと運ばれていく。
やがて本は高い本棚の一冊分の隙間へと吸い込まれるように収まり、司書は何事もなかったかのように次の本へ手を伸ばした。
「すごい……!」
リアの目が、ぱっと輝く。
「今の見ました!?」
「え?」
「本が勝手に飛んでいきましたよ!?」
リアは興奮したように司書と本棚を交互に見つめる。
「すごい! 魔法って、こんなこともできるんですか!?」
「風魔法は、こういう細かい作業にも向いているんですよ」
ノアが笑いながら説明する。
「便利……!」
リアは感心したように頷く。
「私の世界にもあったら、絶対便利なのに……。本棚の上とか、掃除するのめちゃくちゃ楽じゃないですか!」
「……掃除?」
「はい! 高いところって、いちいち台に乗らないと届かないじゃないですか!」
リアはすっかり魔法に夢中になっている。
そんな様子を見ていたルシアスの口元が、ほんのわずかに緩んだ。
「……フッ、そろそろ本を探しに行くぞ」
そう言うと、ルシアスは何事もなかったかのように階段を上っていく。
(えっ……今、ルシアスさん笑った?)
リアは目を丸くする。
気のせいだったのだろうか。
もう彼の表情は、いつもの無愛想なものに戻っていた。
「……」
後ろにいたノアは、そんなルシアスの背中を見つめ、小さく目を見開く。
(殿下が……笑った?)
それはノアでさえ、めったに見ることのない表情だった。
2階へ着くと、そこには壁一面に本棚が並び、ぎっしりと本が収められていた。
「王宮の書庫もすごかったですけど、ここも負けないくらい本がありますね」
リアは目をぱちくりさせながら辺りを見回す。
「そうですね。この図書館は王都で一番大きいですし、専門書も数多く揃っています」
ノアはそう説明しながら、目的に合いそうな本を何冊か棚から取り出した。
三人は手分けして、アストリア王国に関する歴史書や、魔法陣、召喚魔法について書かれた本を次々と調べていく。
しかし――。
「……これも違いますね」
リアは一冊の本を閉じ、小さく息をついた。
アストリア王国について書かれている本はあっても、滅亡までの歴史ばかり。
異世界から人を呼び寄せる魔法陣や、元の世界へ戻る方法について記されたものは見当たらない。
「こちらも収穫なしか」
ルシアスは本を棚へ戻しながら静かに呟く。
図書館にはページをめくる音だけが響き、時間だけがゆっくりと過ぎていった。
その時だった。
「……あれ?」
ノアが本棚の奥から、一冊の古びた本を取り出した。
表紙は色褪せ、革はひび割れ、長い年月を感じさせる。
「何か見つけましたか?」
リアとルシアスがノアのもとへ歩み寄る。
ノアは慎重にページをめくると、あるページで手を止めた。
「これは……」
そこには、複雑な魔法陣が描かれていた。
その下には、こう記されている。
『召喚魔法――異なる世界より生命を呼び寄せる禁術。アストリア王国にのみ伝わる秘術であり、現在は封印されている』
「異なる……世界?」
リアは息をのむ。
その魔法陣を見つめた瞬間、胸がどくんと高鳴った。
「これ……」
リアは何かに気づいたように、急いで鞄から一枚の紙を取り出した。
この世界へ来た時、足元に浮かび上がった魔法陣を思い出しながら描いたものだ。
それを本に描かれた魔法陣の横へ並べる。
「……似てる」
円の配置や紋様、刻まれた古代文字。
細部こそ異なるものの、その構成は驚くほどよく似ていた。
ルシアスも紙へ視線を落とし、静かに口を開く。
「偶然とは思えんな」
ノアも小さく頷く。
「ええ。少なくとも、リア殿がこちらへ来た時に使われた魔法は、この召喚魔法と関係している可能性が高そうですね」
リアは本に描かれた魔法陣を見つめる。
(じゃあ……私をこの世界へ来させたのは、アストリア王国の誰かだったの?)
知らなかった事実に、胸の奥がざわつく。
もし誰かが意図的に自分を呼んだのなら――。
その理由は何なのだろう。
「……」
リアの表情の変化に気づいたのか、ルシアスが静かに口を開いた。
「考えすぎるな」
「え……」
「今分かっているのは、召喚魔法が禁術だったということだけだ」
ルシアスは本へ視線を落とす。
「誰が使ったのか、なぜお前が選ばれたのか。それはまだ分からない」
そして、少しだけリアを見る。
「だからこそ、調べる必要がある」
「……」
「一人で抱え込むな」
その言葉に、リアは目を瞬かせた。
「大丈夫ですよ、リア殿。俺たちも一緒に手がかりを探しますから」
続けて、ノアが穏やかな声で言う。
「……ありがとうございます」
リアは少し安心したように微笑んだ。
あれから三人で再び本を探したが、手がかりになりそうなものは他に見つからなかった。
「……これ以上は、資料館で調べるしかないな」
ルシアスが小さく息をつきながら言う。
「殿下、その前に昼食にしませんか?」
ノアは窓の外へ目を向けた。
「気づけば、もう昼を過ぎています」
その言葉に、リアも窓の外を見る。
太陽はすでに高く昇り、王都の通りには昼食を求める人々の姿が増え始めていた。
「……そうだな。資料館へ向かう前に食事を済ませよう」
三人は図書館を後にし、近くの食堂で昼食を取ることにした。
焼きたてのパンや温かなスープが並び、リアは異世界ならではの料理に目を輝かせる。
リアは焼きたてのパンを一口頬張った。
「美味しい……!」
夢中で食べるリアを見て、ルシアスが呆れたように口を開く。
「そんなに慌てて食べなくても、誰も取らない」
「……っ!」
リアは恥ずかしそうに頬を赤らめる。
「だって美味しすぎて……」
その様子を見て、ノアはくすりと笑った。
「気に入っていただけたようで何よりです」




