第2話 王子様に出会いました。
それから授業を受けたり、友達と話したりしているうちに、時間はあっという間に過ぎていった。
そして――
「終わったー!」
最後のチャイムが鳴り、放課後がやってきた。
「じゃあ、また明日ね!」
「うん、また明日!」
唯と別れ、リアは一人で帰り道を歩いていた。
十二月の冷たい風が頬を撫で、吐く息が白く染まる。
ふと、空を見上げる。
「今日で、18歳かぁ……」
(これからどんな生活が始まるんだろう)
そんなことを考えていた、そのときだった。
———ふっと、風が止まった。
「……え?」
周囲の音が、まるで突然消えたように聞こえなくなる。車の音も、人の話し声も、遠くから聞こえていた音も。
何も聞こえない。
「なに……?」
リアは立ち止まり、辺りを見回した。
その瞬間――
足元に、見たことのない模様が浮かび上がった。
それはまるで、魔法陣のようだった。
「えっ……なにこれ?」
リアは驚いて、その場にしゃがみ込んだ。
魔法陣へ手を伸ばし、そっと触れた。
「……暖かい」
指先に触れた瞬間、魔法陣が淡く光った。
魔法陣は、どんどん強く光り始める。
「ちょっと、待って……!」
「どうしよう……唯ちゃんに連絡……」
そう思ってスマホを取り出そうとした瞬間――
まばゆい光が私を包み込んだ。
「きゃっ……!」
思わず目を閉じる。
身体がふわりと浮かんだ。
「えっ……なに、これ……!?」
足が地面から離れている。
まるで、見えない何かに引っ張られているようだった。
「ちょっと! 誰か……!」
助けを呼ぼうとしたけれど、声が出ない。
身体がどんどん上へ引き上げられていく。
怖い。
何が起きているのか、まったく分からない。
「いや……!」
その瞬間、足元に広がっていた魔法陣が、さらに強い光を放った。
視界が真っ白になる。
そして――
身体が、勢いよく引っ張られた。
「きゃあああああっ!」
まるで、長いトンネルの中を落ちているようだった。
上下も分からない。
風が身体を包み込み、髪が激しく舞う。
「なにこれぇぇぇぇ!?」
叫んだ声が、どこまでも遠くへ消えていく。
そのときだった。
頭の中に、知らない女性の声が響いた。
『――リア』
「……え?」
聞き覚えのない声。
でも、なぜか胸の奥が締めつけられた。
『どうか、生きて――』
「待って! 誰なの!?」
必死に手を伸ばす。
けれど、その声はもう聞こえなかった。
次の瞬間――
身体に強い衝撃が走った。
「っ……!」
何か柔らかいものの上に落ちたようだ。
「……え?」
痛みを覚悟していたのに、思ったより痛くない。
ゆっくりと目を開ける。
最初に目に入ったのは、青い空だった。
「……空?」
リアはゆっくりと身体を起こした。
そして、周囲を見渡す。
「……え?」
目の前に広がっていたのは、見たことのない景色だった。
見渡す限りの荒れ果てた大地。
崩れた建物。
遠くにそびえる、朽ち果てた大きな城。
さっきまで歩いていた、いつもの帰り道ではない。
制服のスカートについた土を払いながら、立ち上がった。
「……ここ、どこ?」
何かの撮影?
ドッキリ?
それとも、夢?
頬をつねってみる。
「痛い……」
夢じゃない。
リアはもう一度、辺りを見渡した。
風が吹き抜ける。
遠くから、聞いたことのない鳥の鳴き声が聞こえた。
「……帰らなきゃ」
リアは小さく呟いた。
「施設に帰らないと……」
唯ちゃんに連絡しなきゃ。
今日のことを話さなきゃ。
明日も学校に行かなきゃ。
そう思った、その瞬間。
「……あれ?」
リアは、ぴたりと動きを止めた。
「……どうやって帰るの?」
返事はない。
「……」
リアは周囲を見渡した。
「……スマホ」
慌ててポケットを探る。
「あった!」
ほっとしたのも束の間。
「……圏外?」
画面を見つめる。
「……いや、そもそも電波ってあるの?」
自分で言って、自分で固まった。
「…………」
そして、ようやく気づく。
「……詰んだ?」
リアの顔から、すっと血の気が引いた。
「いやいやいや、待って」
ぶんぶんと首を振る。
「落ち着こう」
深呼吸する。
リアは、ゆっくり空を見上げた。
「……どうやって帰るの、私」
帰るための方法が、ひとつも思いつかなかった。
「……唯ちゃん」
ぽつりと名前を呼ぶ。
「私、今日……帰れないかも」
見知らぬ場所で、リアは初めて本気で途方に暮れた。
そのときだった。
「……殿下」
遠くから、誰かの声が聞こえた。
「えっ……?」
リアは思わず顔を上げた。
(人の声……! もしかして、誰かいるの?)
人がいることに安心し声の聞こえた方へ視線を向けると、荒れ果てた大地の向こうから、二人の男性がこちらへ歩いてくるのが見えた。
一人は、銀色の髪に青い瞳をした青年。
太陽の光を受けた髪がきらきらと輝いていて、すっと通った鼻筋と整った顔立ちは、まるで物語に出てくる王子様のようだった。
もう一人は、ブラウンの髪に猫のような目をした青年。
少し無造作な髪と鋭い目元からは、どこか野性的な雰囲気が感じられる。
二人とも、見たことのない服装をしている。
(……え?)
リアは二人を交互に見た。
(何この服……)
見れば見るほど、見慣れない。
まるで映画や舞台に出てくるような衣装だ。
(……もしかして、コスプレ?)
近くで何かイベントでもやっているのかもしれない。
そう思えば納得できる。
……いや。
リアはもう一度、二人をじっと見た。
衣装は本格的。
髪型も、本物みたいに見える。
そして何より――
(……顔が良すぎない?)
二人とも、めちゃくちゃイケメンだった。
(いや、何このレベル。芸能人?)
リアは思わず見入ってしまう。
「殿下、あの子ですね」
ブラウンの髪の青年が、リアを警戒するように見つめながら言った。
「殿下……?」
聞き慣れない呼び方に、リアは瞬きをする。
(殿下って……王子様とかに使うやつだよね?)
まさか。
リアは銀髪の青年を見る。
……確かに、それっぽい。
(いやいや、そんなわけない)
すぐに首を振った。
(だって王子様がこんなところに普通にいるわけないじゃん)
……でも。
(コスプレなら、王子様の衣装を着ててもおかしくない……よね?)
リアは、自分なりに納得した。
(うん。たぶんそう)
――この時のリアは、まだ知らなかった。
目の前にいるのが、本物の王子だということを。
リアが混乱していると、銀色の髪の青年がこちらへ近づいてきた。
その瞬間、彼の青い瞳と目が合った。
……綺麗。
まるで、凍った湖のような瞳。
冷たい印象なのに、不思議と目を離すことができなかった。
「おい」
低く、落ち着いた声が響く。
「……はい?」
「ここで何をしている?」
「えっと……」
リアは周囲を見渡した。
何をしているかと聞かれても、そんなことはリア自身が一番知りたかった。
(……それ私が聞きたいんだけど)
心の中でそっとツッコむ。
「私も、よく分からなくて……」
「よく分からない?」
ブラウンの髪の青年が、少し首を傾げた。
「はい。さっきまで普通に帰り道を歩いていたんですけど……」
「帰り道?」
「そうです」
「その格好で?」
彼の視線が、リアの制服に向けられる。
(いや…… 普通に制服なんだけど)
「えっと……学校帰りで……」
「ガッコウ?」
「はい。学校です」
二人は顔を見合わせた。
「……学園か?」
「……まぁ、そんなところです」
(学校も学園も似たようなものだよね)
「この近くに学園はないが……?」
「……そう、ですよね……」
リアは困ったように笑い、周囲を見渡した。
改めて見ると、やはり何もかもが見慣れない。
見覚えのない建物。見慣れない服装をした人達。そして、先ほどから感じている、どこか現実離れした空気。
(やっぱり……おかしい)
さっきから感じていた違和感が、少しずつ形になっていく。
それでも、リアは小さく息を呑んで尋ねた。
(お願いだから、東京って言って……)
「……あの、ここ……東京、ですよね?」
「トウキョウ?」
銀髪の青年は、聞き慣れない言葉を聞いたように眉を寄せた。
「はい……。東京です」
「……知らないな」
「えっ?」
「そのような場所は知らない」
リアは、思わず固まった。
(……東京を知らない?)
(いやいや、東京って日本の首都だよ?)
頭の中に、見慣れた東京の街並みが浮かぶ。
(まさか……この人たち、東京を知らないどころか、日本そのものを知らないとか?)
「……あの、ここって……どこなんですか?」
恐る恐る尋ねる。
銀髪の青年は、しばらくリアを見つめていた。
そして、静かに口を開く。
「ここは、エルディア王国だ」
「……エルディア王国?」
聞いたことのない国名だった。
(……え?)
リアは瞬きをする。
(王国?)
もう一度、周囲を見渡した。
見たことのない景色。
見たことのない服。
そして、目の前にいる二人。
(……待って)
嫌な予感が、少しずつ膨らんでいく。
「すみません……聞いたことのない国なんですけど……」
リアがそう言うと、二人はまた顔を見合わせた。
「聞いたことがない?」
ブラウンの髪の青年が、怪訝そうに眉をひそめる。
「はい……」
リアは、もう一度辺りを見渡した。
(……もしかして)
胸の奥が、どくんと鳴った。
(私、とんでもないところに来ちゃった?)
荒れ果てた大地。
崩れた建物。
遠くに見える、朽ち果てた大きな城。
そして、目の前にいる二人の男性。
さっきまで東京のいつもの帰り道を歩いていた。
それなのに、今いる場所は東京ではない。
エルディア王国なんていう、聞いたこともない国。
そんな場所、地球上にあるの?
「……いやいや」
リアは小さく首を振った。
そんなはずはない。
だって、さっきまで普通に学校から帰っていたのだから。
でも――
この場所に見覚えはなかった。
何度考えても、ここが自分の知っている世界だとは思えない。
本当に、知らない世界に来てしまったのかもしれない。




