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第13話 魔力量を測定しました。

 部屋の中央に置かれた装置の前へと歩いていく。


 先ほど属性を測定した水晶とは違い、こちらは円形の台座の上に、細長い水晶が立っている。


 水晶の周囲には、いくつもの目盛りが刻まれていた。


「これが魔力量測定器ですか?」


「そうだよ」


 オスカーは、どこか得意げに装置を指差した。


「魔力を数値として測定するための装置さ。魔力量が多ければ多いほど、水晶の光が上へと伸びていく」


「なるほど……」


「では、ここに手を置いてくれるかい?」


「はい」


 リアは言われた通り、台座の上に手を置いた。


「力を抜いて、いつも通りでいいよ」


「はい」


 リアはゆっくりと息を吐いた。


 すると――


 ……。


 何も起こらなかった。


「……」


「……」


「……」


 水晶は、ぴくりとも反応しない。

 光もつかない。

 目盛りにも、何の変化もない。


「……あれ?」


 リアは首を傾げた。


「何も起きませんね」


「……」


 オスカーは、水晶をじっと見つめていた。


「おかしいねぇ」


「壊れているんでしょうか?」


「いや……」


 オスカーは装置へ近づき、細かく確認を始めた。


「装置は正常に動いている」


「でも、反応してませんよ?」


「そうなんだよねぇ」


 オスカーは、困ったように眉を寄せた。


 先ほどの属性測定では、確かに水晶が光った。


 なのに、今は何も反応しない。


「もう一度やってみよう」


「はい」


 リアは一度手を離し、改めて水晶へ手を置いた。


「今度は、少しだけ意識を集中してみてくれるかい?」


「意識を……?」


「魔力を使おうとする必要はないよ。ただ、自分の中に何か力があると思って、その力を感じるようなイメージで」


「分かりました」


 リアは目を閉じた。


 自分の中にある力。


 魔力。


 そんなものを感じたことなんて、一度もない。


 だから、どうすればいいのか分からなかった。


 それでも、言われた通りに意識を集中させる。


 体の中に何かある。


 そう思いながら。


 ……。


 やはり、何も起きない。


「……」


 オスカーが、再び装置を確認する。


「……反応なし」


「やっぱりですか?」


「ああ」


 オスカーは首を傾げた。


「おかしいねぇ」


「魔力がないってことですか?」


「それはありえないよ」


「でも、何も反応しないですよ?」


「だからおかしいんだ」


 オスカーは、ますます真剣な顔になった。


「属性は確かに存在している。それなのに、魔力量だけが検出されない」


「……」


 リアは少し不安になった。


 自分の中に、光と闇の二つの属性がある。


 なのに、魔力はない?


 それなら、さっきの光はいったい何だったのだろう。


「もう一度だけ、やってみようか」


 オスカーが言った。


「はい」


「今度は、少しだけ強く意識してみてくれ」


「強く……」


「うん。自分の中にある力を探すような感じで」


 リアは再び水晶へ手を置いた。


 目を閉じる。


 ゆっくりと呼吸をする。


 自分の中にある力。


 魔力。


 そう考えた瞬間だった。


 ――何かが、動いた。


「……え?」


 体の奥深く。


 今まで気づかなかった場所に、何かがある。


 それは、まるで眠っていたものが目を覚ましたような感覚だった。


 温かい。


 けれど、冷たい。


 相反する二つの力が、体の中で渦を巻いている。


 リアは無意識に、その力へ意識を向けた。


「……お嬢さん?」


 オスカーの声が聞こえた。


 けれど、リアには答える余裕がなかった。


 体の中で、何かが膨れ上がっていく。


「……っ」


 次の瞬間。


 水晶の中に、光が灯った。


「……!」


 オスカーが息を呑む。


 淡い光は、ゆっくりと上へ伸びていく。


 ひとつ。


 ふたつ。


 目盛りを越えていく。


「……おぉ!」


 オスカーの目が輝いた。

 

 光は止まらない。


 目盛りの半分を越え。


 さらに上へ。


「これは……」


 ノアが呟いた。


 光は、さらに上昇していく。


「……先生」


「うん」


 ノアは、上昇を続ける光と目盛りを交互に見た。


「これ、測定器の上限は?」


「……」


 オスカーは答えない。


 その目は、目盛りを駆け上がっていく光に釘付けになっていた。


「先生?」


 もう一度呼ばれ、オスカーはようやく口を開く。


「……上限は、ここまでだねぇ」


 そう言って、測定器の一番上に刻まれた目盛りを指差した。


 そして、光はついにそこへ到達する。


 ――カチッ。


 小さな音が響く。


 次の瞬間。


 水晶全体が、激しく震えた。


「えっ……」


 リアが目を開く。


「リア!手を離せ!」


 ルシアスの声が響いた。


 リアが驚いて手を離した瞬間――


 ――パァァァァァンッ!!


 水晶が弾け飛んだ。


「きゃっ!」


 無数の破片が、リアへ向かって飛んでくる。


 その瞬間。


 リアの身体が、強く引き寄せられた。


「えっ……?」


 目の前に、銀色の髪が広がる。


 ルシアスが、リアを庇うように立っていた。


 次の瞬間。


 キィィィンッ――!


 冷気が広がり、飛び散った水晶の破片が空中で凍りつく。


 そして、床へと音を立てて落ちていった。


「……え?」


 気づけば、リアはルシアスの腕の中にいた。


 すぐ目の前に、彼の胸元がある。


(……近い)


 近い。


 ものすごく近い。


(……え、なんで?)


 リアは状況を理解しようと、頭をフル回転させる。


 さっきまで、少し離れた場所にいたはずなのに。


 どうして私は、ルシアスさんに抱きしめられているんだろう。


(……いや、待って)


 そこで、ようやく気づいた。


 何かから守られたのだ。


「……あの」


 リアが顔を上げる。


 ルシアスは、いつもと変わらない冷静な表情をしていた。


「怪我は?」


「……え?」


「怪我はないかと聞いている」


「あ、はい!」


 リアは慌てて自分の身体を確認する。


「大丈夫です。どこも痛くないです」


「そうか」


 ルシアスは短く答えた。


 けれど、腕はまだリアを離さない。


(……あれ?)


 リアはもう一度、ルシアスの腕を見る。


(……まだ抱きしめられてる?)


「あの……」


「なんだ」


 リアは少しだけ首を傾げた。


「私、もう大丈夫です」


「……」


 その言葉に、ルシアスは一瞬だけ固まった。


 腕の中にいるリアと目が合う。


 近い。


 思っていた以上に、近かった。


「……ああ」


 ルシアスは、ようやくリアを離した。


「すまない」


「いえ。助けてくれて、ありがとうございました!」


 リアは何事もなかったように、にっこりと笑った。


「……ああ」


 ルシアスは短く答えた。


 けれど、なぜか視線を逸らしてしまう。


(……なぜ、こんなに意識している)


 自分でも、その理由が分からなかった。

 

 その様子を、ノアがじっと見ていた。


「……殿下」


「なんだ」


「反応、早かったですね」


「……」


「俺が動くより先にリア殿を庇ってましたけど」


「……当然だ」


 ルシアスは、冷たく答えた。


「目の前に危険があれば、誰であろうと助ける」


「へぇ……」


 ノアが、意味ありげに笑う。


「誰であろうと、ですか」


「……何が言いたい」


「いえ、別に?」


 ノアはにこりと笑った。


 ルシアスは、無言でノアを睨みつけた。


 リアは二人のやり取りを見ながら、首を傾げる。


 ……?


 ただ。


 さっき自分を包んだ腕の感触が、なぜかいつまでも残っていた。


 (………近かったな)


 そんなことを考えていたリアは、ふと床へ視線を落とした。


「……てか、壊れた?」


 リアが、恐る恐る呟いた。


 オスカーは、床に散らばった水晶の破片を見つめている。


「……うん」


「すみません!」


 リアは慌てて頭を下げた。


「ご、ごめんなさい!壊すつもりはなかったんです!」


「いやいやいや!」


 オスカーが、突然声を上げた。


「謝るところじゃないよ、お嬢さん!」


「え?」


「今のを見たかい!?」


「見ましたけど……」


「違う!そうじゃない!」


 オスカーは床の破片を指差した。


「測定器が壊れたんだよ!?」


「はい……」


「つまり、測定器の限界を超えたんだ!」


 オスカーの目が、再び輝き始める。


「属性を持っているのに、最初はまったく反応しなかった」


オスカーは、興奮した様子で指を折りながら話し始めた。


「それが、意識を集中させた途端に膨大な魔力が流れ込んだ!」


「……」


 そこで、オスカーはふと何かに気づく。


「もしかすると……」


 リアをじっと見つめる。


「君は、自分の魔力をうまく扱えていないんじゃないかい?」


「……え?」

 

 リアは、目を瞬かせた。


「うまく……扱えていない?」


「ああ」


 オスカーは頷いた。


「さっき最初に測定した時、魔力が反応しなかったのは、魔力がなかったからじゃない」


「……」


「君自身が、魔力を測定器へ流すことができていなかったんだ」


 リアは、自分の手を見つめた。


「でも……」


「そして、今度は逆だ」


 オスカーは、床に散らばった水晶の破片を見る。


「意識を集中させたことで、魔力が一気に流れすぎた」


「……」


「だから、測定器が耐えられなかった」


 リアは、呆然とした。


 魔力がないわけではなかった。


 むしろ――測定器では測りきれないほどだった。


 ただ、自分ではその力をどう扱えばいいのか分からなかっただけ。


「……私」


 リアは、困ったように自分の手を握った。


「魔力の使い方、全然分かりません」


「だろうねぇ」


 オスカーは、なぜか嬉しそうに笑った。


「だからこそ、面白い」


「先生」


 ノアが呆れたように口を挟む。


「面白がらないでください」


「大丈夫だよ」


 オスカーは、にっこりと笑った。


「魔力のコントロールは、練習すれば身につく」

 

「本当ですか?」


「ああ」


 オスカーは頷いた。


「ただし――」


 その表情が、わずかに真剣なものへと変わる。


「君の場合は、普通の人間と同じようにいくかは分からないけどねぇ」

 

「……」


 リアは、少しだけ不安そうにルシアスを見た。


 ルシアスは、床に散らばった水晶の破片を見つめていた。


 そして、ゆっくりとリアへ視線を向ける。


「……魔力の制御ができていない、か」


「はい」


 オスカーが答える。


「おそらく、今のリアちゃんは自分の魔力を意識して扱うことすらできていない」


「その結果、あれだけの魔力が一気に流れ込んだのか」


「そういうことだねぇ」


 ルシアスは、しばらく黙ってリアを見つめた。


「……?」


 リアは首を傾げる。


 そんなリアに、オスカーは楽しそうな笑みを浮かべた。


「いやぁ……」


 床に散らばった測定器の残骸へ目をやる。


「これは、ますます研究しがいがありそうだねぇ」

 

「先生」


「分かっているよ。リアちゃんを困らせるつもりはないさ」


 オスカーはそう言った。


 けれど。


 その目の輝きは、まったく消えていなかった。


「あの、実はさっき枯れていた花に触れたら再生したんですけど……私はどうやって魔法を使ったんでしょうか?」


 リアは首を傾げ、オスカーを見る。


 オスカーは、目を見開いた。


「その話、詳しく!」


 興奮のあまり、オスカーがリアへと詰め寄る。


「えっ……あの……?」


 突然距離を詰められ、リアは思わず一歩後ずさった。


 つい先ほどまでの落ち着いた様子が嘘のように、オスカーはすっかり熱を帯びている。


 えっ……急にこんなに熱心になるなんて……


 戸惑うリアに、オスカーがさらに近づこうとした、その時。


「……オスカー」


 低く、冷たい声が響いた。


 オスカーの動きが止まる。


「……殿下?」


「近い」


「え?」


 ルシアスは、リアとオスカーの間に視線を落とした。


「リアが困っている」


「……あ」


 オスカーは、ようやく自分がリアに詰め寄っていたことに気づいた。


「おっと、これは失礼!」


 慌てて一歩下がる。


「いやぁ……つい興奮してしまってね!」


 オスカーは頭をかきながら、照れたように笑った。


 リアはほっと息を吐いた。


「いえ……大丈夫です」


 そう答えながら、リアは隣に立つルシアスを見上げた。


 いつもより少しだけ近く感じるその横顔に、リアはなぜか目を逸らせなくなる。


「それにしても、枯れた花を再生させた……か」


 オスカーは顎に手を当て、考え込む。


「おそらく、光属性の力だろうねぇ」


「光属性……?」


「光魔法は、主に傷を癒すために使われるんだ」

 

「じゃあ、あの花が元に戻ったのも……」


「その力が無意識に働いたんだろう。ただ――」


 オスカーは目を輝かせ、リアを見る。


「植物まで再生させるなんて話は、僕も聞いたことがないねぇ。やっぱり興味深いよ!」


 楽しそうに笑うと、オスカーは続けた。

 

「まあ、その辺りもこれから調べていけばいいさ」


 それからも魔法について話しているうちに、気づけば時刻は昼になっていた。


「……そういえば」

 

 ルシアスが口を開いた。


「昨日の魔法陣について調べるために、ここへ来たのだったな」

 

「……」


「……」


「あ……」


 リアは、ぽんっと手を叩いた。


「そうでした!」


「すっかり話が逸れていましたね」

 

 ノアが、気まずそうに笑った。


「その魔法陣とは、どういうものなんだい?」


 オスカーが興味深そうに身を乗り出す。


「リア殿がこの世界へ来た時に現れたものです」


 ノアが説明する。


「まだ何も分かっていません。ですが……」


 ルシアスがリアを見る。


「その魔法陣を調べれば、お前が元の世界へ戻る手がかりが見つかるかもしれない」


「元の世界……?」


 オスカーが、リアを見つめる。


「あ……」


 リアは少しだけ目を泳がせた。


「実は私、この世界の人間じゃないんです」


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