第11話 自分の魔力属性を調べました。
しばらく歩くと、遠くに大きな塔が見えてきた。
「あれは……?」
リアが塔を見上げる。
「ここが魔法研究室です」
ノアが指をさした。
「魔法研究室……」
リアは、そびえ立つ塔を見上げた。
王宮の中にある建物とは思えないほど高く、壁には見たことのない模様が刻まれている。
「大きい……」
「中はもっとすごいですよ」
ノアはそう言って、大きな扉の前に立った。
そして、扉を三回ノックする。
コン、コン、コン。
「誰かな。 今、忙しいんだけどねぇ」
「ノアです」
「おや、ノア君か。今日は何の用だい?」
「殿下がお見えです」
「……殿下?」
少しの間。
「へぇ、珍しいねぇ」
「……」
「今日はどうしたのかな? まさか、僕に会いたくなったのかい?」
「そんなわけないだろう」
ルシアスが、冷たく言い放つ。
「ははっ、相変わらずつれないねぇ」
扉が開く。
そこから出てきたのは、髪を後ろで無造作に結び、顎に少し無精髭を生やした男だった。
どこか気だるげな雰囲気を纏いながらも、整った顔立ちには大人の色気が漂っている。
(わ……なんか渋い)
リアがそんなことを考えながら男を眺めていると、ふいに目が合った。
「ん?」
男の目が、ゆっくりとリアへ向けられる。
「これはこれは……」
先ほどまでの気だるそうな雰囲気から一転。
男は、にこりと笑った。
「美しいお嬢さん。 お名前を聞いてもいいかい?」
「えっ?」
男はリアの手を取った。
「僕はオスカー・ルーウェン。 どうぞ、オスカーと呼んで――」
そのまま、リアの手の甲へ顔を近づける。
(……ん?)
リアは、きょとんとした。
男の顔が、どんどん近づいてくる。
「……?」
リアは不思議そうに首を傾げた。
そして――
「先生」
ノアが、すかさずオスカーの手を止めた。
「なんだい?」
「殿下の前ですよ」
「いやぁ、挨拶をしようと思っただけなんだけどねぇ」
「今、手の甲にキスしようとしましたよね?」
「気のせいじゃないかな?」
「気のせいではありません」
「そうかい?」
オスカーは、リアを見る。
「お嬢さんには、刺激が強すぎたかな?」
「……え?」
リアは、きょとんと首を傾げた。
「……」
オスカーは一瞬、言葉を失った。
どうやら、照れた様子を見せるどころか、本気で意味が分かっていないらしい。
「いやぁ……」
オスカーは苦笑する。
「何でもないよ」
「……?」
その隣で、ノアが肩を震わせている。
「先生」
「……何だい?」
「今回は、完全に先生の負けですね」
「ノア君、余計なことを言わないでくれ」
オスカーはリアを見る。
「それで、お嬢さん。 君の名前は?」
「あ、そうでした」
リアはぱっと表情を明るくした。
「私はリアです。 一ノ瀬リア」
「リアちゃんか」
オスカーは、改めてリアの顔を眺める。
「なるほど……」
そして、にこりと笑った。
「近くで見ると、ますます可愛いね」
「……はぁ、ありがとうございます」
「……」
オスカーの笑顔が、一瞬だけ止まった。
「……それだけ?」
「はい?」
「……いや、いいんだ」
オスカーは苦笑した。
「……オスカー、遊びに来たわけではない」
ルシアスが呆れたような視線を向ける。
「わかっているとも」
オスカーは悪びれることなく笑った。
「今日は何か面白い話でもあるのかな?」
「リア殿の魔力属性と魔力量を測ってもらいたいんですが……」
「ふむ……」
オスカーはリアを見る。
「それは確かに、面白そうだねぇ」
ルシアスが、じろりとオスカーを睨む。
「研究対象として、だよ?」
オスカーはにっこりと笑った。
「まあ、少し興味があるのは否定しないけどね」
そして、改めてリアへ視線を向ける。
「それにしても自分の魔力属性を知らないのかい?」
オスカーは意外そうに眉を上げた。
リアは素直に頷いた。
「……ほう」
その目が、みるみるうちに輝きを増していく。
先ほどまで浮かべていた穏やかな表情は、どこへやら。
「いやぁ……これは面白いことになったねぇ!」
声を弾ませ、オスカーはぐっと身を乗り出した。
完全に研究者としての好奇心に火がついたらしい。
「ちょっと待っていてくれ。今すぐ測定の準備を――」
そう言い終わるより早く、オスカーは勢いよく踵を返した。
「先生」
ノアが呼び止めた。
「ん?」
「まずは落ち着いてください」
「私は落ち着いているとも」
「さっきまでとは別人みたいですよ」
「そうかい?」
オスカーは首を傾げた。
「研究者としては、これくらい普通だよ」
「……絶対に普通ではありません」
ノアが呆れたように呟く。
「そうかなぁ?」
オスカーは楽しそうに笑った。
「だって、こんなに未知に満ちた子が目の前にいるんだよ?」
「未知に満ちた子……?」
リアは思わず自分を指差した。
「私ですか?」
「そう、君だよ」
オスカーは嬉しそうに頷いた。
「……なんだか、変な感じですね」
「それでいいんだよ」
オスカーは満面の笑みを浮かべた。
「さあ、測定を始めようじゃないか!」
オスカーはそう言いながら、すでに研究室の奥へ歩き始めていた。
「測定器はどこだったかな……いや、あれは魔力量の測定には使えるが、属性の同時反応を見るには……」
ぶつぶつと呟きながら、研究室の奥へ消えていく。
「……」
リアは、ぽかんとその背中を見つめた。
「……あの人、大丈夫ですか?」
そう尋ねながら、困ったように笑みを浮かべる。
「大丈夫ではないですね」
ノアは即答すると、呆れたように口元を緩めた。
「聞こえているよ、ノア君」
「聞こえていたんですか!?」
「もちろん」
オスカーは研究室の奥から顔だけを出した。
「さあ、お嬢さん。 こっちへおいで」
「はい……」
「今日はきっと、素晴らしい一日になるよぉ」
オスカーは、にっこりと笑った。
その目は、完全に研究者の目をしていた。
奥の部屋へ入ると、そこには見たこともないような機械が、所狭しと並んでいた。
「わぁ……」
リアは思わず辺りを見回す。
大きな水晶が埋め込まれたもの。
細かな数字が並んでいるもの。
何に使うのか、まったく分からないものまである。
「こっちだよ、お嬢さん」
オスカーは部屋の中央に置かれた、丸い水晶のような装置の前で立ち止まった。
「ここに手を置いてくれるかい?」
「はい」
リアは言われた通り、水晶にそっと手を置いた。
その瞬間――
パァァァァァ――――ッ!
水晶の中から、まばゆい光が溢れ出した。
「えっ……」
金色の光。
そして――
黒色の光。
二色の光が、絡み合うようにして水晶の中を駆け巡る。
「……」
「……」
「……」
部屋に沈黙が落ちた。
ノアは目を見開き、ルシアスもわずかに眉を寄せて水晶を見つめている。
リアは、目の前で起きていることが理解できず、ただ水晶を見つめていた。
「……あれ?」
オスカーが呟いた。
「……おかしいねぇ」
「何がおかしいんですか?」
リアが尋ねる。
オスカーは答えなかった。
ただ、水晶の中で輝く二色の光を見つめている。
「……もう一度」
「え?」
「もう一度、手を置いてくれるかい?」
「今、置いてますけど……」
「そうだったねぇ」
オスカーは、ゆっくりとリアへ近づいた。
そして、水晶を覗き込む。
「金色……」
オスカーの声が震えた。
「黒……」
次の瞬間。
「光と闇だぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
研究室中に、オスカーの叫び声が響き渡った。
「えっ!?」
リアは驚いて肩を跳ねさせる。
(この人……やばすぎる)
思わず一歩、後ずさった。
「先生!?」
ノアも思わず声を上げた。
「殿下! 見たかい!? 今のを見たかい!?」
「はぁ……、見た」
ルシアスはため息を吐き冷静に答えた。
「光と闇! 同時に反応したぞ!?」
「だから見たと言っている」
「いやぁ、これは大変だ! 大変どころじゃない! どうする!? どうすればいい!?」
「まず落ち着け」
「落ち着いていられるかい!?」
オスカーは完全に研究者の顔になっていた。
先ほどまでの、ゆったりとした雰囲気はどこにもない。
「光と闇の二属性……! そんなもの、記録上でも――」
「先生」
ノアが口を挟む。
「リア殿が困っています」
「……おや?」
オスカーは、はっとしたようにリアを見る。
「……ああ、そうだったねぇ」
そして、いつものゆったりとした笑顔に戻った。
「ごめんねぇ、お嬢さん。 つい興奮してしまって」
リアは、先ほどの叫び声を思い出した。
「いえ……ちょっとびっくりしましたけど」
「いやぁ、僕もまさかこんな結果が出るとは思わなくてねぇ」
「こんなに興奮したのは、いつぶりだろう」
オスカーはニヤニヤしながら、リアを見る。
「お嬢さん、次は魔力量を測ろう」
「その前に」
リアは、ふと手を上げた。
「ん?」
「魔力量を測る前に……少し聞いてもいいですか?」
「もちろんだとも」
「私、魔法について何も知らないんです」
そう言うと、オスカーは少し意外そうに目を瞬かせた。
「……そうなのかい?」
「はい」
リアは改めて、部屋の中を見回した。
水晶や魔法陣、見たことのない装置。
そして、先ほど自分の手の中で輝いた、金色と黒色の光。
「さっき、光と闇って言ってましたよね?」
「ああ」
「それがどういう意味なのかも、よく分からなくて……」
「ふむふむ……なるほど!」
オスカーは顎に手を当て、少し考えるような仕草をした。
「それなら、まずは魔力について説明した方がよさそうだ」
「お願いします」
リアが素直に頷くと、オスカーは満足そうに笑った。




