↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「人形のような妻だ」と離縁されたら、公爵家の縁談が全部壊れました  作者: 風音シエル


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
43/45

第43話 鏡の前の稽古

 夜に人の話を聞くときは、灯りを二つにする。


 一つだと、影が片側にだけ出る。影の出た側の顔は読めない。二つ点けて、斜めから当てると、話している人の顔が両側とも見える。母がそうしていた。客が夜に来ることは少ないが、来る客はたいてい長い話を持ってくる。


 わたしは灯りをもう一つ点けて、腰かけを二つ、向かい合わせに置いた。


 ニナが、湯を持ってきた。


 持ってきて、帰らなかった。階段の三段目に座って、こちらを見ている。


 アマーリエさまは、それを止められなかった。


    ◇


「七つのときのことを、覚えておいでですか」


「覚えております」


「どのように彫られましたか」


「三日、座りました」


 アマーリエさまは、湯呑みを膝に置かれた。飲まない。この方は、いつも最後まで飲まない。


「彫り手の方が、こちらを見て、木を見て、また見て。それを三日でございます」


「お話は、なさいましたか」


「一度もございません」


    ◇


 人形を彫るときに口を利かない彫り手は、いる。


 わたしは利くほうだ。母も利いた。利くのは、その人の顔が話しているあいだに動くからで、動いたところにその人が出る。黙って座った顔は、たいてい固まる。


 固まった顔から彫れるのは、骨だけになる。


 骨だけで人形を仕上げると、きれいなものができる。


 三日黙って座らせて、きれいなものを作る。それは、やり方としては筋が通っている。通っているが、そのやり方をする人は、あらかじめ「どんな顔にするか」を決めている。


 決めていなければ、黙って座られては困るからだ。


 うちでは、彫っているあいだに客へ三つのことを聞く。子どものころに好きだった食べ物。いちばん長く一緒にいた人。最近腹の立ったこと。順序は変えない。三つ目まで来ると、たいていの人は顔が動く。


 動いた顔を彫るわけではない。動いた顔を見てから、動いていないときの顔へ戻る。戻ったときに、どこが元の位置なのかが分かる。人の顔は、動かしてみないと真ん中が分からない。


 母は、それを「一度散らかしてから片づける」と言っていた。


    ◇


「縁組は、流れました」


「伺いました」


「戻ってきた人形は、広間に置かれました。母が亡くなって三年目のことでございます」


 アマーリエさまは、そこで少し止まられた。


「置いたのは、父ではございません」


「では」


「いまの母でございます」


 わたしは、聞き返さなかった。


 継母、という言い方をこの方はされない。いまの母、と言われる。その言い方を選ぶまでに、たぶん何年かかかっている。


「置いてから、宮の者が申すようになりました。よく似ておいでですね、と」


「どなたに、でございますか」


「人形にでございます」


    ◇


 わたしは、そこで指を止めた。


 順序が、また逆だった。


「似ておいでですね、と申されるとき、その方々は人形を見ておられます。それから、わたくしを見られます」


「はい」


「似ていないと申される方は、おられません。おられませんが、似ていないと思っておられる日は、分かります」


「分かりますか」


「目が、二度往復いたします」


    ◇


 その夜のことを、わたしは何度も思い出すことになる。


 このとき、アマーリエさまは何も辛そうに話しておられなかった。声も落ちなかった。顔の筋も動かなかった。段取りの話をする人の口調だった。


「往復されると、次の日から直します」


「直す、とおっしゃいますと」


「鏡の前で」


    ◇


 宮の鏡は、磨いた金属だと伺った。


 うちにあるのは井戸端の一枚だけで、あれは水面より少しましという程度のものだ。磨いた金属の鏡は、輪郭がはっきり出るかわりに、色が沈む。沈んだ色で自分の顔を見続けると、たぶん、影の出方のほうを覚える。


「口の端は、右を先に上げます。左を同じだけ上げると、笑ったように見えすぎます」


「はい」


「目を伏せるときは、顎を引きません。引くと、下から見上げる形になりますので」


「はい」


「首は、右へ二度ぶん。三度ぶん傾けると、崩れて見えます」


 アマーリエさまは、そこまで言って、湯呑みを持ち直された。


「日に、四度でございます。朝と、昼の前と、夕方と、寝る前に」


「十年でございますか」


「十年でございます」


    ◇


 わたしは、その話を聞きながら、彫るということを考えていた。


 顔を作るというのは、彫るのに似ている。目の位置を決め、口の端の高さを決め、首の角度を決める。決めたところへ、毎日戻す。戻し続ければ、そこが定位置になる。


 木も同じだ。曲げた形で押さえ続けると、そのまま留まる。留まったものを戻そうとすると、折れる。


 この方は十年、自分を押さえてこられた。押さえた形のほうが、いまでは楽なのだと思う。


 そして、押さえた形を彫れば、押さえた形の人形ができる。似る。似るに決まっている。


 わたしが二体とも外したのは、押さえられる前の骨のほうを測ったからだ。骨は嘘をつかない。つかないが、この方の骨と、この方の顔は、十年ぶんずれている。


    ◇


 階段の三段目で、木が鳴った。


 ニナが立ち上がった音だった。


「知ってました」


 アマーリエさまが、そちらを向かれた。


「最初の日から、知ってました」


 ニナは、階段を降りてこなかった。三段目に立ったまま、こう言った。


「その顔、作ってますよ」


    ◇


 わたしは、ニナのほうを見た。


 この子は、人の顔が彫れない。彫れないのに、顔のことになると誰より早い。早いのは、たぶん、見る側にいた時間が長いからだ。


 十二のときに、自分の顔を盛って彫られている。その人形で買い手がついた。買い手は最後まで本人の顔を見なかった。


 作られた顔がどう見えるかを、この子は内側から知っている。


「怒っているのですか」


 アマーリエさまが聞かれた。


「怒ってません」


「怒っておいでのように見えます」


「怒ってないです」


 ニナは、階段を一段だけ降りた。


「四度もやってたら、疲れるでしょって思っただけです」


 アマーリエさまは、何も言われなかった。


 言われないまま、湯呑みを両手で持ち直された。指の位置が、少しずれた。


    ◇


 翌日の昼、ミレナさまが荷を持って寄ってくださった。


「堤通りのお話、聞かれまして」


「二件目のことでしょうか」


「三件目ですわ」


 ミレナさまは、荷を下ろしながら言われた。


「それと、職人さんが二人お辞めになったとか。うちの店へ、木の卸の方が話していかれましたの」


 わたしは、その話を頭の隅へ置いた。


「灰通りのほうも、止まっておられるでしょう」


「二件、延期をいただきました」


「王都じゅうが止まっておりますのよ。院が三十年ぶんを調べておりますから、どの家も様子を見ておりますわ」


 ミレナさまは、右の口角を上げてから言われた。


「止まっているうちは、どちらも減りませんの。商いはそういうものですわ」


    ◇


 その日の夕方、わたしはアマーリエさまに、一つだけ伺った。


 台の下には、包みが二つ置いてある。どちらも誰でもない顔だ。


「アマーリエさま」


「はい」


「作っていらっしゃらないお顔を、これまでにご覧になった方は、どなたかおられますか」


 アマーリエさまは、少し考えられた。


 考えるところを、初めて見た。


「……一人も、おりません」

【今日の彫りおぼえ】黙って座った顔からは、骨しか彫れません。骨だけで仕上げると、きれいなものができます。きれいなものを作りたい彫り手は、だから客を黙らせます。


お読みいただきありがとうございます。


日に四度、十年。数にすると一万四千六百度でございます。それだけ繰り返したものを「作った顔」と呼んでよいのかどうか、この工房はまだ決めかねております。


次話——先の検分で並んだ一体の、外を取ったほうと内を取ったほうの話でございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。