第36話 木を選ぶ日
木を選ぶ日は、朝がいちばん長い。
乾かし場から板を出して、土間に並べる。並べるのは光の入る側だ。木は濡れているときと乾いているときで色が違うので、同じ光の下に置かないと比べられない。
その日は、九枚出した。
欅が六枚。朴が二枚。桂が一枚。桂は念のためだ。顔にはまず使わない。
順に、指の背で弾く。
◇
一枚目。低い。
二枚目。低い。
三枚目も、低かった。
水が抜けていない板は、叩くと音が沈む。沈んだ音の板を彫ると、彫っている最中はかえって具合がよくて、刃が押さなくても入っていく。入っていくのだが、その入りすぎたぶんが、乾いてから痩せて出てくる。
痩せるのは決まって面のほうで、いちばん薄く削った目のまわりが先に落ちる。落ちれば目つきが変わり、目つきが変われば人が変わる。納めてから一月してその人形を見た者は、こちらが何を間違えたのかは分からないまま、似ていないとだけ言う。
だから、乾いていない板は彫らない。三日か四日待つと決めておけば、待っているあいだに別の仕事ができる。
ニナが横から覗いた。
「だめですか」
「だめではありません。もう少しです」
「あと何日です」
「六日か、七日」
ニナは帳面に「六」と書いて、その上に丸をつけた。丸は「たぶんずれる」の印だ。これもニナが勝手に決めた。
◇
四枚目から六枚目は、音が揃っていた。
揃っているのはいい。ただ、揃っているだけでは足りない。
わたしは六枚を横倒しにして、木口を見た。木口というのは切った断面のことだ。年輪の間隔がそこに出る。育ちの早い年は広く、遅い年は狭い。狭いところが詰まっている板ほど、細かい面が彫れる。
四枚目は、詰まっていた。ただ、途中に節の跡がある。節は避けて木取りすればいい。
五枚目は、真ん中に色の違う筋が一本入っていた。
六枚目は、きれいだった。きれいすぎた。
「これ、いいんじゃないですか」
ニナが六枚目を指した。
「まっすぐです」
「まっすぐです」
「じゃあ」
「まっすぐな木は、まっすぐにしか彫れません」
◇
昼前に、アンナさまの寸法を取った。
顔に触ってよいかを、先に伺う。うちでは必ず伺う。触られるのが平気な人と、そうでない人がいて、後者の場合は紐を触れさせずに測る。時間はかかるが、そのほうが顔が固まらない。
「触れてもよろしいでしょうか」
「はい」
わたしは紐を出した。
額に一周させて、耳の上で印をつける。次に顎の下を通して、同じところで印をつける。二本の差が、その人の顔の縦の癖になる。
差は、小さかった。
小さいのは、悪いことではない。悪いことではないが、ここが小さい人の顔は、どこかで大きくなっている。人の顔は、どこも真ん中ということがない。
わたしは、次に眉の高さを測った。人の眉は、利き手の側がわずかに高く付いていることが多くて、その差は紐を張れば指の腹に伝わるくらいには出る。物を持つ側の肩が上がり、上がった肩に引かれて首がわずかに傾き、傾いたぶんだけ顔の左右が違ってくるからだ。
だから、眉の高さの差というのは、その人が二十年ほど何をして暮らしてきたかの跡でもある。
出なかった。
◇
目尻の位置。差、なし。
鼻梁の傾き。まっすぐ。
口の端の高さ。差、なし。
耳の付け根。左右、同じ。
わたしは紐を置いて、少し離れて座った。
顔というのは、見ているうちに必ずどこかへ目が引かれる。引かれた先が、その人の顔の始まりになる。ミレナさまなら右の口角。テオドラさまなら左の頬。ハウザーさんなら鼻の下の長さだ。
この方の顔には、引かれる先がなかった。
目を移しても、どこにも止まらない。止まらないので、三度見ても、三度とも同じ順序で見終わってしまう。
「いかがでしょうか」
アンナさまが聞いた。
「測り終えました」
「何か、おかしなところがございましたか」
「おかしなところが、ございませんでした」
◇
午後、ハウザーさんが桶を洗っていた。
わたしは戸口に立って、三言ぶんだけ話した。
「堤通りの工房のことを、ご存じですか」
「キールか」
「はい」
「あそこは元は弔いの道具屋だ。墓標の飾りと、木の器と、あとは棺の彫りをやっとった」
水の音が三度した。
「人形に移ったのが十五年くらい前だな。御用達の看板は去年だ」
「去年でございますか」
「去年だ。看板を出した日に、通りで酒を配ったと聞いとる」
ハウザーさんは水を捨てた。
「三十年やっとる工房が、御用達になるのに十五年かかった。そういう順番だ」
◇
結局、木は五枚目にした。
真ん中に色の違う筋が一本入っている板だ。筋は、木が育つ途中で一度傷んだ跡になる。傷んだ年の分だけ、繊維の向きがそこで少しよじれている。
彫りにくい。刃が引っかかる。
ただ、この板は音が三か所とも揃っていて、年輪も詰まっていた。筋を顔のどこに来させるかは、木取りで決められる。わたしは筋が右の頬の内側を通るように取った。
外からは見えない。
見えないところに、真っすぐでないものが一本入っている板を選んだ。理由は、うまく言えなかった。
ニナが帳面に「五」と書いて、丸をつけなかった。
◇
荒どりに、三日かけた。
一日目は、丸のまま外を落とす。頭の丸みと、肩の落ちと、首の角度だけを出す。この日は顔を彫らない。顔を先に彫ると、首の角度をあとで直せなくなる。
二日目に、面の位置を決めた。目の高さ、鼻の付け根、口の線。ここは削らずに、鉛でうすく線を引く。引いた線は彫ればなくなるので、何度でも引き直せる。
三日目に、刃を入れた。
面を彫るときは、深いところから浅いところへ向かう。目の窪みと、小鼻の脇と、口の端の三つが深いので、そこを先に決めてしまえば、あとは残った高いところを落としていくだけになる。落としながら、指の腹で撫でて、撫でた指が引っかかるところをまた落とす。
順序を守っているかぎり、手はほとんど考えなくてよい。母は、考えるのは木取りまでで、彫り始めたら手に任せろと言っていた。
朝から夕方まで、途中で二度手を止めた。止めたのは、疲れたからではなく、撫でた指がどこにも引っかからなかったからだ。
◇
夕方、ニナが覗きに来た。
覗いて、何も言わなかった。
うちでは、彫っている途中のものについてニナは何も言わない決まりになっている。決めたのはわたしではない。ニナが自分で決めた。「終わってないものを言うと、終わってないほうに寄る」と、いつか言っていた。
その日は、決まりを破った。
「これ、あの人ですか」
わたしは刃を置いた。
台の上にあるのは、顔だった。目があって、鼻があって、口がある。眉の高さも揃っている。目尻も揃っている。鼻梁もまっすぐだ。
測ったとおりに彫ってあった。
測ったとおりに彫ってあるのに、誰でもなかった。
「……そのはずです」
わたしは、そう答えた。
答えてから、答えになっていないことに気づいた。
【今日の彫りおぼえ】まっすぐな木は、まっすぐにしか彫れません。見えないところに一本、よじれの入っている板のほうが、たいていよく持ちます。
お読みいただきありがとうございます。
顔を見るとき、人はどこかで一度、目が止まります。止まった先がその人の顔の始まりになります。止まらない顔というものが、この世にあるのだと、今日はじめて知りました。
次話——三日彫ったものを、朝の光でもう一度見ます。




