↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「人形のような妻だ」と離縁されたら、公爵家の縁談が全部壊れました  作者: 風音シエル


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
10/45

第10話 笑いものになった人形

話は、三日かけて灰通りに届いた。


 最初はハウザーさんの三言だった。次に、パン屋の娘さんが焼きすぎたパンと一緒に持ってきた。三日目に、フレデリカさまの手紙が来た。


 順番に届くたび、話は少しずつ形を変えた。噂というのはそういうもので、通る口の数だけ角が丸くなったり、逆に尖ったりする。


 だが、三つとも同じところだけは変わらなかった。


 ——人形が、割れた。


    ◇


 フレデリカさまの手紙は、詫び状の形をしていた。


 先日は無理を申しました、という一文から始まって、あのとき彫り直しを断っていただいたことに、いまは礼を申し上げます、と続いていた。


 その後に、経緯が書いてあった。


 彫り直しは、行われたのだそうだ。ゼルテン家が断られたあと、メルツ公爵家のほうから申し出があった。当家の者が直しますので、人形をお預かりしたい、と。


 預けたのは、ひと月前。


 戻ってきたのは、顔合わせの三日前だった。


 フレデリカさまは、戻ってきた人形を見て、弟に見せるのをためらったと書いていた。以前のものより、頬が細くなり、目が大きくなり、口角が上がっていた。似ていないというより、誰でもなくなっていた、と。


 弟君は、それを見て「これは誰?」と聞いたそうだ。


 冗談のつもりだったらしい。


    ◇


 顔合わせは、ゼルテン家の広間で行われた。


 両家の当主と、弟君と、ヴィオラと、双方の親族が十数人。この国の顔合わせは、まず人形を並べる。互いの家が贈り合った二体を、卓の上に向かい合わせて置く。


 そのとき、片方が倒れた。


 置いた拍子ではない。誰も触れていない。ただ、乾いた音がひとつして、それから、ヴィオラの人形が卓の上で横に倒れた。


 左の頬に、線が入っていた。


 髪の生え際から顎まで、まっすぐに。木の目に沿って、内側から。


 広間は静かになったそうだ。誰も何も言わなかった。人形が割れる場面を見たことのある者が、あの場に一人もいなかったからだと思う。木は普通、贈られたあとに割れたりしない。


 最初に動いたのは弟君だった。倒れた人形を起こして、卓に戻した。それから、もう一体のほうを見た。


 三年半前の、頬を落としていないほうを。


 その二体は向かい合わせに置かれていた。片方には線が入り、片方には入っていない。並んでいれば、どちらが本人に近いかは、誰の目にも分かる。


 弟君は、こう言ったそうだ。


 ——こちらのままで、よろしかったのに。


 誰に言ったのでもなく、卓に向かって言ったのだという。ヴィオラは何も答えなかった。答えるより先に、公爵家の側の誰かが人形を布で包んでしまった。


 包んでも、割れたことは消えない。あの場には十数人がいた。


    ◇


「割れたんですか」


 ニナが手紙を覗き込んで、二度読み返した。


「はい」


「なんで割れるんですか、人形が。落としたわけでもないのに」


 わたしは湯を沸かしながら答えた。


「削りすぎたのでしょう」


「削ると割れるんですか」


「頬を落とすと、そこだけ薄くなります。薄いところと厚いところがあると、乾き方が変わります。乾き方が変わると、内側で引っぱり合います」


「……で、割れる」


「はい」


 ニナは手紙を台に置いた。


「じゃあ、あの人、盛るために削って、削ったから割れたんですか」


「そう思います」


「それ、間抜けすぎませんか」


「間抜けではありません」


 わたしは湯を注いだ。


「木のことを知らないだけです。知らない人がやると、必ずそうなります。必ずです」


    ◇


 わたしは、その割れ方を頭の中で追った。


 線は、髪の生え際から顎まで通っていたという。それは木の目の向きだ。頬を落とすとき、目に逆らって刃を入れたのではない。逆らったなら、線はもっと短く、途中で止まる。


 目に沿って通ったということは、削った量そのものが多すぎたのだ。


 あと、預かってから返すまでがひと月というのも早い。木は、削ったあとに落ち着く時間がいる。表面と内側の湿りがそろうまで、少なくとも二十日は置く。置かずに渡せば、贈られた先で乾く。


 贈られた先で乾いた木が、いちばんよく裂ける。


 その日の午後、通りの向かいで、ハウザーさんが四人と話しているのが見えた。


 三言では終わらなかった。


 夕方には、話は灰通りを出て、川向こうの職人町まで行っていた。次の日には、王都の南側に届いた。噂は、貴族の屋敷の中よりも、荷車の通る道を速く走る。


 人形が割れたという話は、それだけなら誰も面白がらない。


 面白がられたのは、そのあとに続く部分だった。


 ——メルツ公爵家の人形は、この三年半、王都でいちばん評判がよかった。


 ——その家の人形が、卓の上で勝手に割れた。


「割れた話より、そっちの話のほうが伸びてますね」


 ニナが窓の外を見ながら言った。


「そうですね」


「なんでですか」


「人は、落ちるところを見るのが好きだからです」


「あなた、たまにひどいこと言いますね」


「はい」


    ◇


 三日目に、ミレナさまが来た。


 最初の依頼人だ。あの人形はまだ持っているらしく、包みを抱えていた。


「あの、これ、見ていただきたくて」


「どうかなさいましたか」


「いえ、どこも。どこも、なんともないんです」


 彼女は包みをほどいた。半年近く前に彫ったものだ。木の色が少し落ち着いて、はじめより深くなっている。割れも、反りもない。


「割れた人形の話を聞いて、心配になって」


「これは、削っておりませんので」


「はい。……はい、そうだと思います」


 ミレナさまは人形を胸に抱えた。


「あの、それで、噂のことなんですけれど」


「はい」


「みなさん、こうおっしゃっているんです」


 彼女は少し声を落とした。


「メルツのお嬢さまは、去年まで人形を彫っていらっしゃらなかった。じゃあ、その前の三年半、あそこの人形を彫っていたのは誰なんでしょう、って」


    ◇


 その夜、わたしは道具箱の底板を外した。


 母の刻印。線が三本と、点がひとつ。真鍮の縁が、七年ぶんだけ黒ずんでいる。


 三年半のあいだに彫った人形は、二十七体ある。


 数えたことがなかったので、その夜、初めて数えた。


 伯爵家が五、子爵家が九、男爵家が七、公爵家の縁続きが四、あとの二つは名前を思い出せない家だ。全部、指で押した。木がまだ湿っているうちに、腹で、三度。


 いま、その二十七体は王都のあちこちの棚の上にある。


 誰も裾の裏を見ない。だから、まだ誰も知らない。


「何してるんですか」


 ニナが階段の上から言った。


「数えておりました」


「何をですか」


「昔の仕事です」


「……何個あったんですか」


 わたしは板を戻して、留め金をかけた。


「二十七です」


「多いんですか、それ」


「三年半で二十七は、多いほうかと」


 ニナは階段に座って、しばらく黙っていた。


 それから、こう言った。


「ねえ。その二十七個って、いま、どこにあるんですか」


 わたしは答えなかった。


 答えなかったのは、知らないからではない。全部言えるからだ。


 言ってしまうと、その先に自分がやりたくなることが見えている気がした。

【今日の彫りおぼえ】薄いところと厚いところを作らない。木は、乾き方の違うところから裂ける。


お読みいただきありがとうございます。


盛るというのは、足すことではなく削ることです。目を大きくするには周りを削り、顎を細くするには外を削る。だから盛った人形はいつも、どこかが薄くなっています。


割れた話は、荷車の通る道を速く走ります。★や感想も、だいたい同じ道を通ります。


次話——灰通りの工房に、人が並びます。並びすぎて、うちの見習いが受付を始めます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。