間章-23:精密な検証
ベルリン、首相府。
首相・アンネグレート・フォスは、継刃に関する国内分析チームの報告書を、机いっぱいに広げていた。
「結論としては」
「まだ、断定できる段階ではありません」
研究担当の官僚が、慎重に答える。
「ただし、映像記録と、日本側から提供されたデータを照合する限り、素材由来の特性蓄積という仮説は、一定の合理性があると考えられます」
「合理性がある、という表現には、いつも慎重だな」
「事実に基づかない発言は、混乱を招くだけです」
フォスは、小さく頷いた。
この官僚の慎重さは、この国の美徳であり、時に、もどかしくもある。
「我が国でも、再現できるか」
「試みる価値はあります。ただし、安全性の検証には、相応の時間が必要です。特に、対象となる素材が、実際に特殊能力を発現した個体由来である、という前提条件を、厳密に整える必要があります」
「つまり、我が国の探索者が、まず、そういう個体と遭遇し、安全に仕留めなければならない、ということだな」
「その通りです」
「進捗は」
「現在、複数の探索チームに、新種の個体との遭遇情報を、優先的に報告するよう要請しています」
「急ぐな」
フォスは、はっきりと言った。
「拙速な実験で、事故を起こしては本末転倒だ。着実に、段階を踏め」
「承知しました」
「魔素の発現例については」
「国内で、経過観察対象が増えています。ただ、まだ発現には至っていません。一人、視覚に軽微な変化を訴えている探索者がいますが、日本の天音氏の事例と比較すると、まだ初期段階と見られます」
「引き続き、精密な観察を」
フォスは、資料をめくった。
「あの神崎という青年について、うちの国民の間でも、評価が高まっているようだな」
「はい。『地道な積み重ねが、非凡な結果に繋がる好例』として、教育分野でも、彼の歩みが紹介され始めています。特に、職業訓練校のカリキュラムで、彼の配信記録が、教材として引用される事例も出ています」
「悪くない教材だ」
フォスは、小さく笑った。
「派手さより、着実さ。我が国の価値観とも、通じるところがある。ただ、面白いのはな」
「はい」
「あの青年、本人は、そこまで着実さを意識しているわけではないだろう。ただ、好きなものに、愚直に向き合い続けているだけだ。だが、その結果が、我が国の価値観とも合致する形で表れているのが、興味深い」
「哲学的な考察ですね、閣下」
「たまには、な」
フォスは、少しだけ表情を緩めた。
「他国との研究協力については」
「引き続き、既存の枠組みを活用する方針です。急いで新しい枠組みを作るより、今あるものを、丁寧に育てる方が良いかと」
「同意する。それと、産業界からの反応は」
「工作機械メーカー数社から、継刃の鍛造技術――特に、異種素材を折り返し鍛錬で融合させる手法について、詳細な技術提供の要請が来ています」
「日本側の対応は」
「佐伯氏、及び神崎氏本人の判断に委ねられているようです。まだ、正式な回答はありません」
「気長に待とう。技術は、無理に奪うものではない。丁寧な信頼関係の先に、共有されるものだ」
フォスは、窓の外、灰色の空を見上げた。
「拙速でもなく、怠慢でもなく」
その言葉を、静かに繰り返す。
この国は、これからも、その姿勢を崩すつもりはなかった。




