間章-22:広大な国の観測
オタワ、議事堂。
首相・ジャック・ルモンドは、日本発の継刃に関する報告書を、地図と照らし合わせながら、静かに読み込んでいた。
「我が国でも、気になる報告が一件、上がっています」
「はい」
防衛担当大臣が頷く。
「北部の共同管理区画で活動する、先住民族出身の探索者からのものです。継刃ほど、劇的な現象ではありませんが」
「詳しく聞かせてくれ」
「その方が、長年愛用してきた斧なのですが。ある朝、目を覚ますと、刃の表面に、うっすらと霜が張っていたそうです」
「霜、か。ただの結露では」
「本人も、最初はそう思ったそうです。ですが、焚き火で炙って溶かしても、刃だけが、いつまでも冷たいままだった、と」
ルモンドは、資料をめくる手を止めた。
「......それだけか」
「はい。今のところ、それ以上の変化は報告されていません。凍結効果が強まったとか、何かを操れるようになったとか、そういった劇的な現象は、一切ありません。ただ、刃が、常に冷たいままだと」
「継刃のような、明確な能力とは、また違うわけだな」
「はい。研究班も、今の段階では、断定を避けています。魔素の影響である可能性は高いものの、それが何を意味するのかは、まだ分かりません」
ルモンドは、資料を閉じ、しばらく黙考した。
「我が国の環境は、日本とは、まるで違う」
「はい」
「日本は、都市近郊に門が出現し、迅速な調査も、制度整備もしやすかった。だが、我が国は違う。北部の遠隔地。厳しい気候。先住民族の方々との、丁寧な協議」
「その分、他国にはない、独自の知見が積み重なっている面もあります」
「そうだな」
ルモンドは、頷いた。
「うちも、正式に観察対象を広げよう。継刃ほど劇的な現象でなくとも、同様の兆候を見逃さないように。それと」
「はい」
「北部の共同管理区画で得られた知見を、正式な研究資料としてまとめさせろ。日本の継刃現象と、うちの氷の斧の事例。両方を並べて分析すれば、何か共通する法則が見えてくるかもしれん」
「かしこまりました」
「魔素の研究については」
「国内の複数地点で、知覚変化を示す探索者が確認されています。ただし、発現例には至っていません」
「焦らず、丁寧に。それが、この国のやり方だ」
ルモンドは、窓の外、雪の残る山並みを見た。
「先住民族の方々との共同管理区画についても、順調に進んでいるな」
「はい。あの区画からも、興味深い報告が上がっています。伝統的な狩猟の知恵と、新しい探索技術を組み合わせた、独自の対応方法が育ちつつあります。特に、長老の一人が、『歪みの奥に潜む力とは、古くから伝わる精霊の話と、どこか似ている』と語っているのが、印象的でした」
「面白いな」
ルモンドは、小さく笑った。
「日本には日本の、我が国には我が国の、答えがある。それでいい」
「他国との交流については」
「機会があれば、我が国の探索者も、国際的な調査団に加わらせたい。この国の広大さと多様性が、きっと、何かの役に立つはずだ」
「調整を進めます。実は、既に一名、興味を示している探索者がいます」
「誰だ」
「先ほど申し上げた、氷の斧の使い手です。『日本の刀の話を聞いて、自分の武器のことも、もっと深く知りたくなった』と」
「良い動機だ。ぜひ、前向きに検討してやってくれ」
ルモンドは、資料を手に取り、もう一度、継刃の写真を見つめた。
炎を纏う日本の青年の姿と、自国の、氷を纏うであろう探索者の姿が、頭の中で、重なって見えた。
「急ぐ必要はない。だが、目を離さず、着実に」
その言葉通り、この国は、静かに、しかし確実に、次の一歩を積み重ねていた。




