間章-24:物語る武具
パリ、エリゼ宮。
大統領・フィリップ・ロシュフォールは、継刃に関する報告書を前に、珍しく、朝から上機嫌だった。
「武具そのものが、物語を宿す」
彼は、資料を読み上げるように、静かに呟いた。
「これほど、我が国の文学的感性に合致する現象は、そうはない」
「大統領、興奮されているようですね」
文化担当大臣が、苦笑しながら言う。
「当然だろう。刀が、斬った相手の性質を受け継ぎ、成長する。まるで、伝説の武具そのものの誕生譚だ。アーサー王の剣が、なぜ王だけを選ぶのか。北欧神話の武器が、なぜ持ち主を選ぶのか。我々が、物語の中でしか語れなかった論理が、今、現実の科学として、目の前にある」
「研究面での進捗は」
「我が国の研究機関も、独自の検証を進めています。ただし、日本の事例のような、明確な発現には至っていません」
「焦る必要はない」
ロシュフォールは、資料を閉じた。
「我々には、我々の物語の紡ぎ方がある。真似るのではなく、我が国らしい形で、この現象と向き合えばいい」
「具体的には」
「文学者と工学者、双方の視点を組み込んだ、独自の研究チームを編成する。技術だけでなく、この現象が持つ、文化的、精神的な意味合いも、丁寧に考察したい」
「哲学者からも、参加の希望が来ています」
「歓迎する。むしろ、彼らのような視点こそ、この現象の本質に迫るために必要だ」
ロシュフォールは、少し身を乗り出した。
「考えてみろ。あの刀は、なぜ、初めて仕留めた相手からしか、力を受け継がないのか。これは、単なる化学反応や、物理法則だけでは、説明しきれない部分がある」
「敬意、あるいは、記憶の問題、ということでしょうか」
「私は、そう睨んでいる。まるで、初めての出会いにこそ、最も深い印象が刻まれるかのようだ」
「詩的な仮説ですね」
「詩的な仮説こそ、時に、科学を先へ進める」
ロシュフォールは、満足げに頷いた。
「魔素の発現例については」
「国内でも、複数の兆候が報告されています。研究班が、慎重に経過を観察中です。うち一人は、植物の生育を早める能力の兆候を見せているとの、非公式な報告があります」
「植物、か」
ロシュフォールは、興味深そうに眉を上げた。
「農業分野にも、応用の可能性があるということか」
「まだ、憶測の域を出ませんが」
「良い。焦らず、しかし、心は躍らせながら進めよう」
ロシュフォールは、窓の外、セーヌ川の夜景を見つめた。
「あの若き刀鍛冶の物語、いずれ、我が国でも語り継がれる逸話になるかもしれんな」
「大統領らしい表現ですね」
「詩的すぎるか?」
「いえ、素敵だと思います」
ロシュフォールは、小さく笑った。
「実を言うと、今度、彼を我が国に招待できないか、外務省に打診している」
「本当ですか」
「もし実現すれば、我が国の職人や、鍛冶の歴史を紹介したい。彼のような、純粋な情熱を持つ若者になら、我々の文化を、きっと深く受け止めてもらえるだろう」
「素晴らしい計画だと思います」
「我々の物語は、まだ始まったばかりだ」
その言葉には、静かな、しかし確かな期待が込められていた。




