間章-25:職人たちの夢
ローマ、キージ宮。
首相・ロレンツォ・ヴィスコンティは、南部の職人たちからの報告書を、感慨深く眺めていた。
「継刃の一件を受けて、南部の刃物職人たちが、ますます奮起しているようだな」
「はい」
側近が答える。
「『日本の若者にできるなら、我々にもできるはずだ』と、素材研究への参加希望者が、さらに増えています。特に、ソリンジェンならぬ、我が国のマニアーゴの刃物職人たちが、団結して、独自の研究会を立ち上げました」
「マニアーゴか。あそこの職人たちの意地の強さは、昔から有名だ」
ヴィスコンティは、小さく笑った。
「良いことだ。政権基盤は、相変わらず不安定なままだが」
「はい、それは……」
「だが、この分野に関しては、党派を超えて、皆が同じ方向を向いている。これは、大事にすべきことだ」
「継刃の研究について、我が国独自の進展は」
「まだ、模索段階です。ただ、皮革や金属加工の伝統技術を組み合わせた、独自のアプローチを試している職人たちもいます。中には、ヴェネツィアのガラス職人が、あの刀の刃文――炎猴の素材による橙色の輝きを見て、『あれは、うちのガラス細工の発色技術と、どこか似ている』と発言し、話題になっています」
「ガラス職人が、刀の話に食いつくとは」
「熱を操る技術という意味では、共通点があるのかもしれません」
「面白いな」
ヴィスコンティは、頷いた。
「派手な研究機関でなくとも、この国には、代々受け継がれてきた技がある。それを、侮る必要はない」
「魔素の観測状況は」
「南北問わず、報告例が増えています。まだ、発現には至っていませんが、シチリアの探索者の一人が、火山性の歪みの近くで、特に強い違和感を訴えています」
「火山、か。この国らしい場所だな」
「はい。研究班は、地質学的な特性と、魔素濃度の相関関係についても、調査を広げています」
「良い着眼点だ」
ヴィスコンティは、資料を閉じた。
「あの神崎という青年の生き方、南部の職人たちにとって、良い刺激になっているようだな」
「はい。『好きなことを、突き詰めた先に、あそこまでの結果がある』と、若い職人たちが、目を輝かせています。実は、マニアーゴの若手職人の一人が、日本への視察を、正式に申請してきました」
「許可してやってくれ。技術交流は、大いに歓迎すべきだ」
「予算については」
「南部振興予算から、捻出できないか、財務省と調整しろ。これは、単なる技術視察ではない。この国の未来への投資だ」
「かしこまりました」
ヴィスコンティは、窓の外、ローマの街並みを見上げた。
「政権は不安定でも、人々の情熱までは、揺るがない」
「閣下は、よく、そうおっしゃいますね」
「事実だからな」
ヴィスコンティは、小さく笑った。
「この国の歴史を見てみろ。政治がどれだけ混乱しようと、芸術も、料理も、職人技も、途切れることなく続いてきた。今回も、同じだ」
その言葉には、この国なりの、確かな誇りが込められていた。
「それと、もう一つ」
「はい」
「南北の格差是正についても、この機会を活かせないか、検討してくれ。南部の職人たちに、正当な評価と支援を。それが、この国全体の底上げに繋がるはずだ」
「かしこまりました。具体案を、早急にまとめます」
窓の外、夕暮れの光が、ローマの古い建物を、静かに照らしていた。




