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オタク、刀に狂う  作者: Asansol ackey
間章(3ー4)
96/134

間章-20:考古学者の帰還

ロンドン、ダウニング街十番地。


首相・エドワード・ハーコートは、エミリー・ハートから届いた調査記録に、じっくりと目を通していた。


分厚い報告書は、写真、スケッチ、そして手書きの注釈で埋め尽くされている。


「彼女の報告書、実に丁寧ですな」


内務大臣が、資料を覗き込みながら感心したように言う。


「構造物の様式解析はもちろん、継刃の現象についても、時系列に沿って、極めて客観的にまとめられている」


「うちの国らしい仕事だ」


ハーコートは、満足げに頷いた。


「派手さはなくとも、堅実な記録だ。この報告書は、学術的な価値も高い。むしろ、あの日本側の政府発表よりも、詳細な部分すらある」


「大学側からも、彼女に対する評価が、急激に高まっているようです」


「当然だろうな。あの若さで、あれだけの現場に立ち会い、冷静に記録を残せる人材は、そう多くない」


ハーコートは、報告書の後半、手書きの所見に目を留めた。


『継刃の現象は、単なる武具の強化という以上の意味を持つように思われる。斬られた個体の記憶――あるいは魂とでも呼ぶべきものの一部が、刃の中に受け継がれているのではないか。これは、考古学的にも、極めて興味深い視座を我々に与えてくれる』


「ほう」


「彼女なりの、詩情のこもった考察ですね」


「悪くない」


ハーコートは、小さく笑った。


「継刃の一件、我が国での受け止め方は」


「概ね、好意的です。特に、学術界からは、『武具の成長』という現象そのものへの関心が高まっています。オックスフォードとケンブリッジ、両方から、共同研究の申し出が来ています」


「対抗心の強い両校が、珍しく足並みを揃えたか」


「今回ばかりは、国家的な関心事、ということなのでしょう」


「魔素の研究についても、進展があると聞いたが」


「はい。国内の探索者にも、知覚変化の兆候を示す者が、数名確認されています。うち一名は、視覚に特殊な変化を訴えており、経過観察を強化しています」


ハーコートは、資料を閉じた。


「引き続き、丁寧な観察を。それと」


「はい」


「ハート嬢の今回の働きに、正式な謝意を伝えてくれ。彼女のような人材を、これからも、大事に育てていきたい」


「かしこまりました。......閣下、もう一つ、ご報告が」


「なんだ」


「ハート嬢が、帰国後のインタビューで、こう答えています。『神崎さんの配信スタイルに、大きな影響を受けました。専門的な知見を、誰にでも分かる言葉で伝えることの大切さを、彼から学びました』と」


「良い影響だな」


「はい。彼女自身も、大学の講義とは別に、一般向けの解説チャンネルを始めるか、検討しているそうです」


「後押ししてやってくれ。この国にも、彼女のような、知的な発信者が増えるのは、良いことだ」


その日の夜、ハーコートは、私邸で、ハートの報告書を、もう一度、最初から読み返していた。


継刃という刀の性質。


人が力を宿す現象。


どちらも、これまでの人類の常識を、静かに、しかし確実に、書き換えつつある。


(面白い時代に、生きているものだな)


若い頃、物語の中でしか触れられなかった世界が、今、現実として、目の前に広がっている。


書斎の本棚には、若い頃から読み続けてきた、ファンタジー小説の全集が並んでいた。


その背表紙を、ハーコートは、少しの間、指でなぞった。


「......まぁ、いい」


小さく呟いて、報告書を閉じる。


紳士的に、しかし、確かな高揚を胸に、ハーコートは、次の一歩を見据えていた。


窓の外、テムズ川沿いの街灯が、一つ、また一つと灯り始めていた。


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