間章-19:我が国の探索者
ホワイトハウス、状況分析室。
大統領・マーカス・ウェインは、モリソンの帰国報告書を、既に三度は読み返していた。
分厚いファイルの表紙には、国防総省のロゴと並んで、「継刃現象・現地観測記録」という、少し場違いなほど詩的な見出しが躍っている。
「本人は、なんと言っている」
「大興奮です」
補佐官が、苦笑いを堪えながら答える。
「一言一句、そのまま読み上げましょうか」
「頼む」
「『大統領、あの日本の刀の化け物じみた性質を、自分の目で見られただけで、行った価値があった。正直、除隊してから、あそこまで胸が熱くなったのは初めてだ』とのことです」
ウェインは、思わず声を上げて笑った。
「ライフル狂らしい感想だな。あの男、海兵隊にいた頃から、こういう率直さだけは変わらん」
「大統領は、モリソン氏を、以前からご存知だったのですか」
「昔、視察で顔を合わせたことがある程度だ。まさか、あそこまで探索者として名を馳せるとは、当時は思いもしなかった」
ウェインは、資料をめくった。
映像の静止画には、両腕から炎を纏う日本人青年と、その少し後ろで、驚愕の表情を浮かべるモリソンの姿が写っている。
「継刃の一件、こちらの分析班にはどう伝わっている」
「モリソンの証言と、日本側から公開された配信映像、そして先方の研究班から共有された一部データ。この三つを突き合わせて、既に検証を始めています」
「進捗は」
「まだ、緒に就いたばかりです。ただ」
補佐官が、別の資料を取り出す。
「魔素を宿した素材そのものに、初めて対峙した敵の性質を蓄積する働きがあるのではないか、という仮説は、我が国の研究者の間でも、急速に支持を集めています」
「うちの装備開発にも、応用できそうか」
「まだ判断は早計です。ですが、国防総省の一部部局からは、既に色めき立った問い合わせが来ています。『次世代兵器開発における、重要な足がかりになり得る』と」
「気が早いな、うちの連中も」
ウェインは、小さく笑った。
「だが、その気持ちも分かる。あんな映像を見せられれば、誰だって色めき立つだろう」
「対応方針は、いかがされますか」
「うちも、独自に武具の研究を進めさせろ。予算は、然るべき部局と調整してつけてやってくれ」
「かしこまりました」
「ただし」
ウェインは、資料を閉じ、真剣な表情になった。
「日本のやり方を、そのまま真似るな。あの国は、あの刀鍛冶青年の技術と情熱があってこそ、あそこまでのものを生み出した。もし、うちが同じことをやろうとすれば、それはただの猿真似にしかならん」
「では、我が国独自のアプローチとは」
「うちには、うちの強みがある。工業力、そして、何より、様々な背景を持つ人材の多様性だ。退役軍人、エンジニア、ゲーム開発者、映画の特殊効果スタッフ。あらゆる分野の知恵を結集させろ」
「承知しました。有識者委員会にも、その方向性で協議を進めさせます」
「魔法の件は、どうなっている」
「三カ国間の共有枠組みの中で、限定的に情報を受け取っています。天音という日本の探索者の事例を参考に、我が国内でも、経過観察の対象者を拡大しています」
「発現例は」
「まだ、確認されていません」
「いずれ、出てくるだろう」
ウェインは、窓の外、ワシントンの空を見上げた。
「その時のために、備えだけは、怠るな。パニックにならない準備、悪用されない管理体制。両方が必要だ」
「承知しました」
補佐官が退室した後、ウェインは一人、モリソンから届いた私的なメッセージを、もう一度読み返した。
『大統領、あの神崎って青年、噂通りの変人だった。でも、悪い意味じゃない。素材のことしか頭にないくせに、いざとなったら誰よりも体を張る。ああいう奴が、世界を少しずつ変えていくんだろうな』
ウェインは、小さく笑った。
「......変人か」
悪くない評価だと思った。
この国にも、いずれ、そういう存在が現れるかもしれない。
派手で、賑やかで、時に無秩序なこの国の探索者文化の中から、いつか、世界を驚かせる誰かが生まれる日を、ウェインは、心のどこかで、楽しみに待っていた。
「もう一つ、大統領」
補佐官が、部屋を出る間際、思い出したように振り返る。
「なんだ」
「モリソン氏、除隊後の身の振り方に迷っていたそうですが、今回の一件で、腹を括ったそうです。『残りの人生、あの化け物じみた刀の謎を追いかけることに使う』と」
「良い人生だ」
ウェインは、静かに頷いた。
「そういう生き方を選べる時代に、我々は、確かに足を踏み入れている」
窓の外、夕暮れが近づいていた。
この国なりのやり方で、新しい時代への準備が、静かに、しかし着実に進んでいた。




