3-26:新しい一振り
ごめんなさい。
8/1は忙しいので、今日の投稿は夜になるか、もしくはありません。
関市の工房。
作業台の上に、あの猿――正式には「炎猴」と名付けられたらしい――の素材が並んでいた。
赤黒い体毛。
硬い骨。
そして、体の中心近くから採れたという、小さな、燃えるような赤色の結晶。
「これが、あの炎の元になってた核、か」
「らしいな」
佐伯が、結晶を光にかざしながら唸る。
「熱を通すと、じんわり発火するそうじゃ。研究班が、慎重に運搬してきよった」
共同探索団の解散後、正式な報告書と共に、素材の一部が譲渡されていた。
九条からのメッセージも、また添えられていた。
**此度の働き、誠に見事でした。**
**この素材が、貴殿の新たな一振りへと繋がることを、期待しております。**
「......何回もらっても、緊張するな、これ」
思わず、苦笑が漏れる。
「今回の素材、ちょっと特別ですね」
「特別、というと」
「これまで打ってきた刀、どれも素材そのものの硬さとか、性質は特別でしたけど」
佐伯の工房に並ぶ、これまでの刀たちを見渡す。
もう、何本になるか、自分でも数えるのが面倒になるくらいの本数だった。
「はっきりと、能力として発現した個体の素材を使うのは、今回が初めてです」
「......確かにな」
佐伯が、頷く。
「これまでの敵は、硬いだの、粘りがあるだの、あくまで肉体的な性質じゃった。じゃが、今回のは違う」
「はい」
あの猿が纏っていた、炎そのもの。
その力の一端が、この核に、確かに宿っている。
「どんな刀に、なると思いますか」
「わしにも、正直、読み切れん」
佐伯が、素直に答える。
「じゃが、それだけ、楽しみでもある」
「はい」
その日から、鍛造が始まった。
まず、骨を丁寧に処理し、玉鋼と重ねて折り返し鍛錬する。
継刃を打った時と同じく、硬すぎる核は、青い結晶で慎重に削り、粉末にして層に挟み込む。
槌を、振り下ろす。
カン。
いつもの音。
だが、伝わってくる感触は、また少し違った。
「熱、持ちやすいな、こいつは」
「炎の性質が、鋼にも影響してるんですかね」
「かもしれん」
何度も折り返し、形を整えていく。
これまで打ってきた数々の刀。
その経験が、確かに、手に馴染んでいるのが分かる。
だが、それでも、今回は、いつもと違う緊張があった。
初めて、能力を持った素材と向き合っている。
その事実だけで、槌を振る手に、自然と力がこもった。
「差刃土置き、いくぞ」
「はい」
焼き入れの直前、刃部分に薄く土を塗る。
炉の中、刀身が均一な赤色になる。
「今じゃ」
水桶に、刀身を沈める。
じゅわっ、と蒸気が立ち上る。
水から上げる。
刀身が、静かに横たわる。
「......見てみい」
差し出された刀身を、そっと受け取る。
刃文の中に、燃えるような橙色の輝きが揺れていた。
継刃の、あの深い赤とは、また違う色合い。
「......綺麗だ。」
思わず、声が漏れる。
まだ、研ぎも銘も残っている。
だが、確かに、新しい一振りが、この手の中にあった。
「継刃とは、また違う顔じゃな」
佐伯が、刀身を光にかざしながら言う。
「今後、こういう性質を持った素材が増えていけば、それぞれに違った刀が生まれるじゃろうな」
「はい」
その言葉に、少しだけ、先の展望が見えた気がした。
継刃は、これからも、ずっと変わらない相棒だ。
だが、こうして、新しい性質を持った刀を、一本、また一本と増やしていくことにも、意味があるのかもしれない。
「まぁ、まずはこの一本を、しっかり見極めることじゃな」
「はい」
その夜、配信で、この刀を披露した。
『――というわけで、新しい一振り、完成しました』
コメント欄が、一気に沸き立つ。
『待ってました!』
『炎猴の素材、こう使うのか!』
『継刃との違いが気になる!』
『名前は?』
名前。
少し考えてから、答える。
『まだ、決めてないです』
『また皆で決めよう!』
『炎の刀だから「焔」とか?』
『継刃と対になる感じで、何かないかな』
流れてくる案を見ながら、ふと、あることに気づく。
継刃は、折れた過去を継いで、生まれた刀。
この刀は、共同探索という、新しい出会いから生まれた刀だった。
『......「結刃」にします』
打ちながら、そう答える。
『色んな出会いが、結びついて生まれた刀なので』
『いいじゃん!』
『継刃と結刃、対になっててかっこいい!』
配信を終え、工房の窓から、夜空を見上げる。
佐伯が、隣に立って、同じ空を見ていた。
「良い出来じゃったな」
「はい、師匠のおかげです」
「お主の腕が、上がっただけじゃ」
佐伯が、満足そうに笑う。
「これで、しばらくは落ち着けるか」
「......いえ」
小さく笑って、首を振る。
「まだまだ、打ちたいものがあります」
「相変わらずじゃな」
佐伯も、釣られて笑った。
この半年余り、本当に色々なことがあった。
鬼との死闘。
愛刀が折れ、そして継がれたこと。
天音の魔法発現。
世界中のダンジョンが開かれたこと。
各国の探索者たちとの出会い。
そして、継刃という刀に宿った、不思議な力。
どれもこれも、あの日、ただ刀を打ちたいと願っていただけの自分には、想像もできなかった出来事だった。
「......よし。」
腰に、継刃と結刃、二振りを差し直す。
継刃は、変わらず、自分の相棒だ。
結刃は、まだ、その力の全てを知らない、新しい一振り。
この二振りを、これから、どう活かしていくのか。
まだ、何も分からない。
でも、その分からなさこそが、たまらなく楽しみだった。
窓の外、星空が、静かに広がっていた。
新しい一振りと共に、次の物語への扉が、静かに開かれようとしていた。
第3章終了です。
明日からは間章を挟んで、第4章に行きます。
第5章ですが、別の作品作らせてたら、そっちが面白くなってきちゃってまだ、全然書かせられてません。
ごめんなさい。




