3-23:纏った炎
腕の内側で、熱が弾けた。
「......っ!!」
次の瞬間、両腕から、勢いよく炎が噴き出した。
いや――噴き出した、というより。
まるで、最初からそこにあったかのように、自然に、燃え上がった。
驚きよりも先に、体が軽くなる感覚があった。
いや、軽くなったのではない。
力が、みなぎっている。
「うおおっ......!」
振り下ろされる猿の腕を、真正面から受け止める。
これまでとは、比較にならない衝撃。
だが、体は、しっかりとそれを受け止めていた。
押し負けない。
むしろ、拮抗している。
「な......!?」
猿の目に、初めて、動揺の色が浮かんだ。
「神崎さん、体が......!」
ハートの声が、驚愕に満ちている。
自分でも、信じられなかった。
両腕から立ち上る炎。
その熱を、まるで自分の体の一部のように、感じ取れる。
そして、筋力そのものが、明らかに底上げされていた。
「これが......」
あのイメージの、正体。
斬った相手から流れ込んできた、何か。
それが今、確かに、自分自身の力として、形になっている。
「行くぞ......!」
押し返す。
巨体が、大きく仰け反った。
その隙を、見逃さない。
地を蹴り、懐へ飛び込む。
継刃を握る手にも、炎が纏わりつくように揺らめいていた。
狙うのは、これまで見極めていた、関節の薄い部分。
だが、今度は違う。
力任せに振るう一撃でも、十分な威力が乗る。
「そこだ......!」
刃が、深く、肩の付け根を捉えた。
これまでとは、比較にならない手応え。
骨を断つ感触が、はっきりと伝わってくる。
「ギィィィッ......!」
猿が、断末魔の声を上げる。
だが、まだ致命傷ではない。
続けて、もう一撃。
炎を纏った刃が、今度は、首の付け根を薙いだ。
巨体が、大きく傾ぐ。
そして、地響きと共に、崩れ落ちた。
......動かない。
「......終わった、のか」
両腕の炎が、静かに収まっていく。
同時に、力がみなぎる感覚も、ゆっくりと引いていった。
「神崎! 大丈夫か!?」
相馬が、駆け寄ってくる。
「......はい、なんとか」
答えながら、その場に膝をついた。
全身が、鉛のように重い。
だが、確かな達成感が、それを上回っていた。
「今の、見ましたか......!」
ハートが、興奮を隠しきれない様子で、資料とカメラを構えたまま駆け寄ってくる。
「両腕から、明確に炎が。そして、身体能力の向上も、目視できるレベルでした!」
「はい、俺も......驚いてます」
息を整えながら、両腕を見る。
もう、炎は跡形もない。
だが、確かに、あの熱と力の感覚は、体に刻まれていた。
「モリソン、ソジュンは」
「大丈夫だ。少し痛めたが、動ける」
「僕も、平気です」
ソジュンが、痛みを堪えながらも、笑顔で親指を立てる。
「まとめよう」
相馬が、皆を集める。
「今回の件で、はっきりしたことがある」
「継刃は」
自分が、先に口を開く。
「初めて斬るモンスターから、何かを奪っている。魔力なのか、その個体の特性なのか。今回で言えば、火を扱う力そのものを」
「そして、それが、蓄積されている」
ハートが続ける。
「奪った特性が、いざという時、使い手自身の力として、発現する。今回、神崎さんが意識的にそれを引き出したことで、実証されました」
「斬ったモンスターから、魔力と特性を奪い、強化されていく」
相馬が、静かに、その言葉をまとめた。
「まさに、妖刀と呼ぶに相応しい代物だな」
「......そうかもしれません」
自分は、腰の継刃を、そっと見つめた。
もう、気のせいでは片付けられない。
これは、確かに、この刀に宿った、一つの力だった。
「まだ、分からないことも多いですけどね」
「そうだな」
相馬が、小さく笑う。
「だが、大きな一歩だ。今日の記録は、正式な報告書として、上げさせてもらう」
「はい」
倒れた猿の巨体を見つめながら、思う。
この先、まだどんな敵と出会い、どんな力を、この刀が宿していくのか。
想像もつかない。
でも、それを恐れる気持ちより、確かな興味の方が、ずっと大きかった。
「......よし。」
小さく呟いて、立ち上がる。
新しい謎の答えを、一つ、確かに手に入れた瞬間だった。




