3-24:妖刀の報告書
「総理、国内外の反響が、想像以上のことになっています」
執務室に入ってきた職員の声には、焦りに近い緊張が滲んでいた。
「例の件だな」
九条恒一は、既に概要を把握していた。
十三層での、上位個体との交戦。
そして、神崎錬司の刀――継刃に関する、新たな発見。
「今回の探索は、安全確認を兼ねて、通常通り配信されていたな」
「はい。しかも、共同探索団という注目度の高さから、視聴者数は過去最多を記録していました」
「つまり」
「国民の皆が、あの現象を、リアルタイムで目撃しています」
九条は、小さく息を吐いた。
天音の一件とは、根本的に事情が違う。
あちらは、非公開の検証施設での出来事だった。
だが今回は、何十万、あるいはそれ以上の人々が、あの炎を纏う青年の姿を、直接その目で見ている。
「隠しようがない、ということだな」
「はい。既にSNSでは、映像の切り抜きが拡散され、真偽を問う声より、続報を求める声の方が、圧倒的に多い状況です」
資料が広げられる。
映像記録の静止画には、両腕から炎を纏った青年の姿が写っていた。
「体表からの発火現象と、それに伴う身体能力の顕著な向上。これは、既に公開情報として、国内外に広く知れ渡っています」
「客観性は、担保されているわけだな」
「はい。配信映像そのものが、何よりの証拠になっています」
九条は、資料を、じっくりと読み込んだ。
これまで、時折感じていたという、あの刀の違和感。
それが今、明確な現象として、記録に残っている。
「結論として、どういうことなんだ」
「有識者委員会の見解では、『初めて仕留めた種の敵から、魔力及びその個体特有の特性を吸収し、蓄積している』とのことです」
「刀そのものが、成長している、ということか」
「そのように見受けられます」
九条は、椅子に深く腰掛けた。
(天音くんは、人の体が力を宿した)
(今度は、道具そのものが、力を宿すというわけか)
同じ、魔素という現象から生まれた、二つの異なる形。
一つは、人の内側で。
もう一つは、鍛え上げられた刃の中で。
「急遽、分科会を招集してくれ」
「既に、皆様、こちらに向かっております」
その日の午後、いつもの四人が、緊張した面持ちで席についていた。
「率直な意見を聞きたい」
九条が切り出す。
「まず、素晴らしい発見だと思います」
南一颯が、興奮を隠しきれない様子で言う。
「武器そのものが成長するという概念は、ゲームの世界では馴染み深いものですが、現実で、しかもここまで明確な形で確認されたのは、大きな意味があります」
「一方で」
黒沢玲が、続ける。
「懸念もあります。もし、この現象が意図的に狙えるものだと広まれば、未知の個体を求めて、無謀な深層探索に挑む者が急増する恐れがあります」
「同感です」
東雲環も頷く。
「あの刀は、たまたま神崎さんという、卓越した技術と判断力を持つ人物が使っていたからこそ、安全に扱えました。もし、経験の浅い者が、同じような性質の武器を求めて無理をすれば」
「事故に繋がる、ということだな」
「はい」
九十九蒼が、資料をめくりながら言う。
「それと、素材管理の観点からも、整理が必要かと。今後、こういった特殊な性質を持つ武具が、他にも生まれる可能性があります。その所有権や、公表の是非について、明確な基準を作るべきです」
九条は、頷いた。
この国は、これまでも、前例のない事態に、都度、丁寧な議論を重ねてきた。
今回も、同じだった。
「他国との関係については」
「共同探索団の中に、三カ国の探索者が参加していましたので、事実そのものは、既に各国政府にも伝わっています」
外務担当の職員が答える。
「加えて、配信そのものが一般公開でしたので、各国の国民も、直接目撃している状況です」
「では、隠しようがない、という前提で、対応を組み立てよう」
九条は、資料を閉じた。
「国民に向けて、政府としての公式見解を発表する。継刃という刀に、何らかの特殊な能力が備わっていること自体は、事実として認める」
「その、能力の詳細についてはいかがしましょうか」
「そこだ」
九条は、はっきりと言った。
「発現した現象そのものは、既に多くの国民が目にしている。それを、今さら否定したり、曖昧にごまかしたりするのは、かえって不信を招く」
「はい」
「だが」
九条は、一同を見回した。
「その能力が、正確にどういう仕組みで発生し、どこまでの応用が可能なのか。そこについては、まだ研究班の分析が終わっていない。無理に結論めいたことを話せば、それこそ、無責任な憶測を招くことになる」
「つまり」
黒沢が、確認するように言う。
「『能力があること』は認めるが、『その能力の詳細な分析結果』については、分析中として、公表を控える、ということですね」
「その通りだ」
九条は、頷いた。
「あるものをないと言うのは、嘘になる。だが、分かっていないことを、分かっているかのように話すのも、また、誠実さに欠ける」
この国が、これまで貫いてきた姿勢だった。
誠実に。慎重に。だが、隠さない。
「発表文の作成を、急いでくれ。神崎くん本人にも、事前に内容を確認してもらう」
「かしこまりました」
会議が終わり、九条は一人、資料の最後のページ――炎を纏う青年の写真を、静かに見つめていた。
(半年前は、ただの刀好きの学生だったというのにな)
その青年が今、人類にとって、また一つの新しい可能性の象徴になろうとしている。
「総理」
秘書官が、静かに声をかける。
「神崎くんへの、労いの連絡は」
「もちろん、送っておいてくれ」
九条は、小さく笑った。
「それと」
「はい」
「あの刀の名前は、確か」
「継刃、です」
「継刃、か」
九条は、その響きを、静かに繰り返した。
折れても、終わらない。
受け継いで、また、前へ進む。
その名前が持つ意味を、改めて噛み締める。
「良い名だ」
窓の外、夕暮れの空が、静かに広がっていた。
この国は、また一つ、誰も歩いたことのない道を、着実に進み始めていた。




