3-21:火を纏う猿
十三層。
今回の合同探索における、最深部の目標地点だった。
「空気が、変わったな」
モリソンが、額の汗を拭いながら言う。
これまでの層より、明らかに気温が高い。
壁面には、赤黒い岩肌が広がり、所々から、うっすらと熱気が立ち上っていた。
「火山地帯みたいですね」
ハートが、壁に触れながら言う。
「熱源が、局所的に発生しているようです。自然現象なのか、生態系の影響なのか」
「気をつけろ」
相馬が、前方を指差す。
開けた広間の奥、複数の影が、蠢いていた。
「......猿?」
自分は、思わず、目を凝らした。
体長は、一・五メートルほど。
全身は、褐色の体毛に覆われ、そして――体のところどころから、小さな火の粒が、断続的に噴き出していた。
肩、肘、膝の関節部分。
まるで、体内に小さな炉を抱えているかのようだった。
「これまで見た中で、一番、変わった見た目だな」
モリソンが、銃を構えながら呟く。
「群れの数は」
「見える範囲で、五体。もっといるかもしれません」
ソジュンが、緊張した声で答える。
「慎重に行くぞ」
相馬の指示で、一同が、じりじりと距離を詰める。
その時、群れの一体が、こちらに気づいた。
甲高い叫び声を上げ、他の個体も一斉に反応する。
「来るぞ!」
一体が、飛びかかってくる。
モリソンが、銃を撃つが、体表を覆う熱気のせいか、弾丸が逸れた。
「弾が効きにくい!」
「俺が行きます」
継刃を抜き、飛びかかってきた個体の懐に入る。
腕の関節――火が噴き出す付け根の、少し上を狙う。
一撃。
絶命した瞬間。
「......っ!!」
今までとは、明らかに違う感覚が、刃を通して流れ込んできた。
それは、単なる感触ではなかった。
映像のような、はっきりとしたイメージだった。
燃え盛る炎。
それを、体の内側から、意のままに操る感覚。
「神崎さん!?」
ハートが、心配そうに駆け寄る。
「大丈夫です。......ただ、今回は、今までと違います」
「違う、とは」
「なんというか......イメージが、来ました。火を、扱うイメージが」
全員が、顔を見合わせた。
「もう一体、来るぞ!」
相馬の声で、意識を戦闘に戻す。
二体目の猿を、同じように仕留める。
やはり、あの感覚――今度は、先ほどより弱く、短い。
「二体目は、弱まってます」
「同じ種だからか」
相馬が、素早く状況を分析する。
「初回だけ、強く反応するという、これまでの傾向と一致するな」
残りの個体を、モリソンとソジュンが協力して仕留めていく。
だが、その時だった。
広間の奥、岩陰から、一際大きな影が姿を現した。
「......でかい。」
思わず、声が漏れた。
これまでの個体の、二倍近い体躯。
全身から噴き出す炎も、比較にならないほど激しい。
赤黒い目が、こちらを、じっと見据えていた。
「あれが、リーダー格か」
相馬が、緊張した声で言う。
「神崎さん、下がった方が」
ハートの声を遮るように、リーダーと思しき猿が、地を蹴った。
その速度は、これまでの個体とは、桁違いだった。
「くっ......!」
咄嗟に、継刃で受け止める。
衝撃が、腕全体を貫いた。
これまで感じたことのない、圧倒的な力の差。
「馬鹿な、力が......」
押し返されそうになるのを、必死に堪える。
配信のコメント欄が、一気に加速するのが、視界の端に見えた。
『やばい、今までと格が違う』
『刀オタクさん、押されてる!?』
『みんな落ち着いて対応を!』
「神崎、無理はするな!」
相馬の声が、遠くに聞こえる。
だが、退くという選択肢は、なぜか、頭に浮かばなかった。
目の前の猿――その体を覆う炎を見つめながら、先ほど流れ込んできた、あのイメージを、無意識に思い出していた。
(あれは、まだ、確かめてない)
果たして、あのイメージを、自分自身の力として、使うことができるのか。
それとも、ただの残像に過ぎないのか。
答えは、まだ、分からない。
だが、目の前の圧倒的な力を前に、それを確かめる以外に、道はなさそうだった。
「......来い。」
継刃を握り直し、正面から、その巨体と向き合った。




