3-16:共同探索団
「総理、アメリカ、イギリス、韓国、三カ国それぞれから、正式な打診が届いています」
執務室に入ってきた外務担当の職員が、分厚い書類の束を差し出した。
九条恒一は、資料を受け取りながら、先日の会談を思い出す。
あの日、話題に上った、探索者同士の国際交流。
その具体案が、思ったより早く、形になって戻ってきたらしい。
「内容は」
「はい。三カ国とも、ほぼ同じ趣旨です。我が国のダンジョンにおいて、共同での探索調査団を編成し、各国から選抜した探索者を派遣したい、と」
「目的は」
「表向きは、技術交流と、生態系データの共有です。ただ」
職員が、少し声を落とす。
「本音の部分では、各国とも、我が国の対応実績――特に、魔素関連のデータや、上位個体への対処法について、直接的な知見を得たい意図があると見られます」
九条は、資料をめくった。
三カ国の提案書には、それぞれ、色が滲んでいた。
アメリカは、実戦経験の豊富な退役軍人系の探索者を中心とした、大所帯の編成案。
イギリスは、少数精鋭、学術的な観点を重視した編成案。
韓国は、機動力と情報収集能力に長けた、若手中心の編成案。
「率直な感想を聞きたい。受け入れるべきだと思うか」
「個人的には、賛成です」
職員が答える。
「我が国だけでは気づけない視点や、他国が独自に積み上げてきたノウハウを、直接学べる機会になります」
「リスクは」
「もちろん、あります。特に、未探索区画の情報を、他国に開示することへの慎重論は、防衛省からも上がっています」
九条は、腕を組んだ。
半年前なら、もっと慎重に検討したかもしれない。
だが、この半年で、この国は、多くの前例のない決断を、着実に積み重ねてきた。
「有識者委員の意見も、聞いておきたい」
「既に、招集の準備をしております」
その日の午後、いつもの四人が、会議室に集まった。
「共同探索団、という発想自体は、悪くないと思います」
黒沢玲が、資料に目を通しながら言う。
「TRPGでも、異なる技能を持つプレイヤー同士が組むことで、単独では見えない攻略の糸口が見つかることは、よくあります」
「同感です」
南一颯が続ける。
「ただし、編成には注意が必要です。文化も、戦闘スタイルも違う探索者同士が、いきなり連携するのは、簡単ではありません」
「訓練期間を設けるべき、ということだな」
「はい。それと」
南が、少し言葉を選びながら続ける。
「配信についても、方針を固めておくべきかと。各国の探索者が、それぞれの国のスタイルで発信すれば、情報の齟齬や、無用な競争意識を生む可能性があります」
「一括した配信管理体制が、必要ということですね」
九十九蒼が頷く。
「それと、これは提案なのですが」
「なんだ」
「日本側の代表として、経験豊富で、かつ他国からも一定の知名度がある探索者を、中心に据えるべきだと思います」
九条の脳裏に、すぐに一人の顔が浮かんだ。
だが、あえて聞いてみる。
「候補は」
「神崎錬司くん、が適任かと」
東雲環が、はっきりと言った。
「彼の名前は、既に各国の配信文化にも影響を与えています。アメリカの退役軍人系配信者も、イギリスの学生配信者も、彼のスタイルを参考にしていると聞きます」
「本人の意向は、確認していないが」
「そこは、丁寧に打診すべきかと」
九条は、資料に目を落とした。
あの青年が、国際的な調査団の中心を担う。
半年前には、想像もしていなかった展開だった。
「もう一つ、気になる点があります」
黒沢が、真剣な顔で言う。
「彼の刀――継刃について、以前から気になっていたのですが」
「刀が、どうかしましたか」
「実物は見ていないので、あくまで印象なのですが。彼が仕留めた個体の映像を見返すと、時折、刃の色合いに、微妙な変化があるように見える瞬間があります」
「気のせいでは」
「かもしれません。ですが、もし本当に、あの刀に何らかの特殊な性質が備わっているのなら」
黒沢が、続ける。
「様々な種類の敵と対峙する、今回のような共同調査は、その性質を明らかにする、又とない機会になるかもしれません」
九条は、少し興味を引かれた。
(あの刀に、何かあるのか)
半年前、あの懇談会で、初めて手に取らせてもらった、あの一振り。
今、目の前で語られる可能性が、当時とは、また違う重みを持って響いた。
「分かった」
九条は、静かに頷いた。
「三カ国の提案を、正式に受け入れる方向で調整を進めてくれ。編成は、各国の代表と協議しながら決める。そして」
「はい」
「日本側の中心人物として、神崎くんに、正式な打診を行ってくれ。あくまで、本人の意向を最優先に」
「かしこまりました」
「配信管理については、南くんと黒沢くんが中心となって、統一の方針を策定してほしい」
「承知しました」
会議が終わり、九条は一人、窓の外を見た。
あの門の方角。
これから、様々な国の探索者たちが、この国のダンジョンに集うことになる。
そして、その中心に、あの青年が立つことになるかもしれない。
(不思議な巡り合わせだな)
半年前、資料の隅に見つけた、一つの名前。
それが今、世界を繋ぐ、一つの結び目になろうとしていた。
「総理」
秘書官が、静かに声をかける。
「打診の件、いつ頃、本人に伝えましょうか」
「なるべく早く。だが、丁寧に、な」
九条は、小さく笑った。
「あの青年に、無理強いだけは、したくない」
窓の外、夕暮れの空が、静かに色を変えていった。
新しい物語の、また一つの扉が、静かに開かれようとしていた。




