3-12:まだ、明かせない
「総理、緊急のご報告があります」
執務室に駆け込んできた職員の顔は、興奮を隠しきれていなかった。
「なんだ」
「天音澪氏について、正式な報告が上がりました。......魔法の、発現です」
九条恒一は、思わず、手にしていたペンを置いた。
「詳細を」
「はい」
資料が、机の上に広げられる。
水を、意思の力で宙に浮かせた記録。
微弱ながら、確かに観測された、青白い光。
研究班による、複数の計測データ。
「......本当に、起きたのか」
「間違いありません。研究班全員が、立ち会いのもとで確認しています」
九条は、資料を、じっくりと読み込んだ。
半年前、資料の隅に見つけた「魔素」という言葉。
あの時、まだ半信半疑だった可能性が、今、確かな現実になっている。
「すぐに、分科会を招集してくれ」
「かしこまりました」
急遽開かれた会議室には、いつもの四人の有識者委員が揃っていた。
「まず、皆の率直な感想を聞きたい」
「正直、興奮しています」
南一颯が、珍しく素直に言った。
「人類の歴史における、大きな一歩です」
「同感です」
黒沢玲も頷く。
「ただ、同時に、慎重さも求められる局面だと思います」
「詳しく聞かせてくれ」
九条が促す。
「発現した力の制御方法が、まだ確立されていません」
黒沢が続ける。
「本人の努力と、研究班の丁寧なサポートがあってこそ、今回は安全に実現しました。もし、この情報が無秩序に広まれば」
「模倣する者が、無防備に危険を冒す可能性がある、ということだな」
「はい。特に、魔素の濃い区域への、無許可の立ち入りが急増する恐れがあります」
九十九蒼が、資料をめくりながら言う。
「あと、社会的な影響も考慮すべきかと。魔法という力を持つ者と、持たない者。その差が、新しい形の格差を生む可能性もあります」
「東雲さんの意見は」
「今の段階での公表は、時期尚早だと思います」
東雲環が、はっきりと言った。
「まず、安全な訓練方法の確立。次に、社会的な受け皿の整備。それらが整うまでは、限定的な情報管理が必要かと」
九条は、腕を組んだ。
四人の意見は、ほぼ一致していた。
この歴史的な一歩を、性急に世間へ晒すことのリスク。
「他国との関係は、どうする」
九条は、先日の会談を思い出しながら尋ねた。
「アメリカ、イギリス、韓国とは、既に研究データの共有枠組みを設ける合意がある」
「では、限定的に、その枠組みの中でのみ共有してはいかがでしょうか」
南が提案する。
「一般公表はせず、しかし、信頼できるパートナー国とは、事実を共有する。安全な制御方法の研究を、共同で加速させるためにも」
「賛成だ」
九条は、頷いた。
「国民への公表は、時期を見て判断する。それまでは、天音くん本人の意向も尊重しつつ、慎重に情報を管理する」
「本人は、どうお考えでしょうか」
「先ほど確認したところ、本人も、公表を急ぐつもりはない、とのことです」
職員が答える。
「まだ、簡単な制御しかできない段階で、注目を浴びるのは、本意ではないと」
「賢明な判断だ」
九条は、静かに資料を閉じた。
「これは、我々が慎重であるべき、最も重要な局面の一つだ。人類が、初めて手にしようとしている力だからこそ、焦ってはならない」
「かしこまりました」
会議室を出た後、九条は一人、窓の外を見つめた。
あの門の方角。
半年前には、ただの不気味な構造物だった場所。
今、そこから生まれた未知のエネルギーが、人類の可能性そのものを、静かに書き換えようとしている。
(急いては事を仕損じる)
これまで、何度も自分に言い聞かせてきた言葉を、九条は、改めて胸に刻んだ。
いずれ、この事実は、世界中に知られる日が来るだろう。
だが、それは、今日ではない。
準備が整うまで、この国は、静かに、しかし着実に、次の一歩への土台を築いていく。
窓の外、夕暮れの空が、静かに色を変えていった。




