3-10:初めての首脳会談
「総理、間もなくお時間です」
秘書官の声に、九条恒一は、姿勢を正した。
会場は、都内のホテル最上階。
各国の一般開放が出揃ったのを機に、急遽実現した、非公式の多国間会談だった。
議題は、ダンジョン対応に関する国際協力の枠組み作り。
正式な国際会議とは違う、腹を割った意見交換の場、という位置づけだった。
「参加国は」
「アメリカ、イギリス、韓国です。他国からは、後日改めて個別の協議を、との申し出があります」
「積極的な国から、まず、というわけか」
「はい」
会場に入ると、既に三人が席についていた。
アメリカ大統領・マーカス・ウェイン。
イギリス首相・エドワード・ハーコート。
韓国大統領・尹秀賢。
いずれも、映像越しには何度も見てきた顔だが、直接顔を合わせるのは初めてだった。
「九条総理」
ウェインが、真っ先に立ち上がり、手を差し出してくる。
「やっと会えたな。ずっと、話してみたいと思っていた」
「こちらこそ、光栄です」
握手を交わす。
思ったより、力強い握手だった。
「お会いできて光栄です」
ハーコートも、丁寧に礼をする。
「貴国の判断力には、常々、敬意を抱いておりました」
「恐縮です」
尹も、笑顔で手を差し出した。
「隣国として、これまで多くを学ばせていただきました。今日は、その恩返しの意味も込めて」
「とんでもない。私の方こそ、皆様の速さに、何度も驚かされました」
簡単な挨拶の後、会談は本題に入った。
「まず、魔素の研究データについて」
九条が、切り出す。
「我が国では、既に複数の探索者に知覚変化が確認されています。皆様の国でも、同様の報告があると伺っています」
「その通りだ」
ウェインが頷く。
「共有できるデータは、全て共有したい。この分野で、国ごとに閉じた研究を続けるのは、非効率だ」
「同感です」
ハーコートが続く。
「特に、発現の兆候が見られる個体への対応方法については、共同での研究体制を築くべきかと」
「うちも、同じ考えです」
尹が頷く。
「もし本当に、魔法という力が人類に開かれるなら、それをどう安全に管理し、育てていくか。一国だけの問題ではありません」
九条は、資料に目を落としながら、静かに頷いた。
「異論はありません。研究データの共有窓口を、正式に設置しましょう」
「賛成だ」
「もう一つ、提案がある」
ウェインが続ける。
「探索者同士の、国際的な交流の枠組みだ。互いの国のダンジョンを、相互に視察できる体制を整えたい」
「いい発想ですね」
九条は、少し考えてから続けた。
「我が国の探索者の中にも、他国のダンジョンに興味を示している者が、少なからずいます」
「例えば?」
尹が、興味深そうに尋ねる。
「例えば」
九条の脳裏に、あの青年の顔が浮かんだ。
「素材にしか興味のない、変わり者の刀鍛冶がいます」
三人が、揃って笑った。
「ああ、知っている」
ウェインが、大きく頷く。
「あの配信は、うちでも話題になった。あの一戦は、我々にとっても、忘れられない映像だ」
「彼のような存在が、各国を巡って交流するようになれば」
ハーコートが、静かに言う。
「探索者たちの技術も、文化も、きっと大きく発展するでしょう」
「面白い未来ですね」
尹が、笑みを浮かべる。
「隣国として、ぜひ、彼を我が国にも招きたいものです」
九条は、小さく笑った。
半年前、資料の隅で、何度も名前を目にしていた青年。
その存在が、今や、国際的な話題にまで上っている。
(不思議なものだな)
「では、次回の会談までに、それぞれの国で、交流枠組みの具体案をまとめましょう」
「賛成だ」
「同意します」
「異論なし」
会談は、予定より長く続いた。
終わる頃には、堅苦しい空気は、すっかり和んでいた。
「九条総理」
最後に、ウェインが、少し声を落として言った。
「一つ、個人的に聞きたいことがある」
「なんでしょう」
「あの、政府主催の懇談会の資料で見たんだが」
ウェインが、悪戯っぽく笑う。
「君も、ああいう物語が、好きなのか?」
九条は、一瞬、言葉に詰まった。
だが、この場にいる三人の顔を見て、ふと、悟った。
誰も、否定的な目では見ていない。
むしろ、期待するような眼差しだった。
「......少しだけ、な」
初めて、他国の首脳に、そう認めた。
三人が、揃って笑った。
窓の外、東京の夜景が、静かに広がっていた。
この国だけでなく、世界中が、同じ未来へ向かって、手を取り合い始めていた。




