3-9:最低限の、確かな一歩
ブラジリア、封鎖区域の一つ。
大統領・エドゥアルド・アルヴェスは、控えめな規模の式典会場を見渡していた。
「他国と比べれば、随分と小規模ですね」
治安担当大臣が、率直に言う。
「それでいい」
アルヴェスは、静かに答えた。
「今の我が国にできる、最大限が、この規模だ。無理をして、また混乱を招くわけにはいかん」
開放対象となったのは、比較的治安の安定した、限られた区画のみだった。
資格制度も、最低限の基準で運用を始める。
国全体を見れば、まだ課題は山積みだった。
「あの、実効支配されている区画については」
「継続して、対話のルートを探っている。急いては事を仕損じる」
アルヴェスは、集まった、決して多くはない探索者たちを見つめた。
それでも、皆、真剣な眼差しをしていた。
「諸君」
声を張る。
「今日という日は、完璧な形では、決して来なかった。だが、我々は、それでも一歩を踏み出す」
一拍、置く。
「理想を語るのは簡単だ。だが、現実を一つずつ積み上げることの方が、遥かに難しい。諸君は、その最初の一歩を、共に歩んでくれる人々だ」
拍手が起こる。
派手さはない。
だが、確かな、静かな決意が込もった拍手だった。
「大統領」
式典後、秘書官が声をかける。
「配信の状況はどうだ」
「規模は小さいですが、着実に登録が増えています。特に、あの実効支配区画の周辺で育った若者たちの中から、素材採取を生業にしたいという声が、多く上がっています」
「それは、良い兆候だな」
「はい。彼らにとって、正規のルートで同じことができるなら、それに越したことはありません」
アルヴェスは、頷いた。
この国にとっての一般開放は、他国のような、華やかな門出ではない。
だが、確かな、地に足のついた一歩だった。
「魔素の研究は」
「他国からの技術協力も受け、着実に進んでいます。知覚変化の報告例も、少しずつ出始めています」
「発現までは」
「まだです」
「そうか」
アルヴェスは、窓の外を見た。
小規模ながら、探索者たちが、あの門へ向かって歩いていく。
「経済対策チームからの報告は」
「良好です。この一般開放を機に、新たな雇用創出への期待が、国内で高まっています」
「よし」
アルヴェスは、静かに息を吐いた。
「この一歩を、無駄にはしない。少しずつでいい。着実に、前へ進もう」
完璧ではない。
だが、確かに、この国は、自分たちの力で、新しい一歩を踏み出していた。




