3-7:詩人たちの扉
パリ、封鎖区域。
大統領・フィリップ・ロシュフォールは、集まった探索者たちを前に、原稿を持たずに壇上へ立った。
「本日、我が国は、未知への扉を開く」
声を張る。
「これは、単なる制度の施行ではない。我々が何百年も紡いできた、想像力の系譜の、新しい一章の始まりだ」
記者たちのカメラが、一斉に構えられる。
「ジュール・ヴェルヌが夢見た世界。中世の詩人たちが語った魔法。それらは、もはや空想ではない。我々自身の足で、確かめに行く時が来た」
拍手が起こる。
いかにも、この国らしい、格調高い開放宣言だった。
「文化担当大臣」
式典後、ロシュフォールが声をかける。
「はい」
「配信の状況は」
「哲学的な考察を交えた探索記録や、構造物を芸術的な視点から論じるチャンネルが、既に注目を集めています。日本の実用性重視のスタイルとは、また違った文化が育ちつつあります」
「悪くない」
ロシュフォールは、満足げに頷いた。
「我々は、我々のやり方で、この新しい領域を語ればいい」
「ただ」
「なんだ」
「一部では、より実践的な、いわゆる『生存重視』の配信者からの批判も出ています。『詩を語る前に、まず生き延びる術を語れ』と」
ロシュフォールは、少し笑った。
「それも、また一つの声だ。両方が共存できる土壌を、この国は持っている」
「魔素の研究については」
「国立の研究機関に加え、複数の大学が、独自の分析チームを立ち上げています。知覚変化の報告例も、着実に増えています」
「発現までは」
「至っていません。ただ、我が国の探索者の一人が、非常に興味深い報告をしています」
「聞かせてくれ」
「魔素の濃度が高い区域で、なぜか、詩的な発想が異常に湧きやすくなる、と。本人は冗談交じりに語っていますが」
ロシュフォールは、思わず声を上げて笑った。
「それは実に、フランス的な現象だな」
「科学的な裏付けは、まだありません」
「構わない。この国では、時に、詩情もまた、一つの真実の形だ」
窓の外、封鎖線を越えていく探索者たちの列を見つめながら、ロシュフォールは、静かに呟いた。
「さあ、我々の物語を、始めよう」
その言葉には、この国らしい、誇り高い覚悟が込められていた。




