3-6:精密なる開放
ベルリン、封鎖区域。
首相・アンネグレート・フォスは、分厚い運用マニュアルを手に、現場を視察していた。
「安全確認手順、全て予定通りですね」
「はい」
現場責任者が答える。
「資格試験の合格者数、緊急対応部隊の配置、医療班の待機体制。全て、規定通りに整っています」
「良い」
フォスは、頷いた。
二ヶ月に短縮した準備期間の中で、それでも一切の手抜きを許さなかった。
この国の流儀だった。
「開放式典は、簡素にする。派手な演出より、実務的な運用開始を優先したい」
「かしこまりました」
式典は、拍子抜けするほど簡潔だった。
フォスの短い挨拶の後、淡々と、封鎖線が解除される。
「拙速でもなく、怠慢でもなく。我が国は、この日を迎えた」
その一言だけが、公式な宣言だった。
「首相、配信登録の状況ですが」
「聞こう」
「工学系、化学系のバックグラウンドを持つ配信者からの申請が、突出して多いです。構造物の分析や、素材の性質解説をメインにしたチャンネルが、既に人気を集めています」
「この国らしいな」
フォスは、小さく笑った。
「エンターテインメント性より、実用性が評価されるわけか」
「はい。ただ、中には、日本の刀オタク氏のファンだと公言し、鍛冶を学び始めた若者のチャンネルも、静かに人気を伸ばしています」
「影響は、あちこちに及んでいるということだな」
「そのようです」
フォスは、資料を閉じた。
「魔素の研究状況は」
「我が国独自の分析でも、知覚変化の兆候を示す個体が、複数確認されています。ただし、発現例には至っていません」
「引き続き、精密な観察を。この分野において、拙速な結論は禁物だ」
「承知しました」
視察を終え、公用車へ戻る道すがら、フォスは、静かに呟いた。
「半年前、この分野に慎重すぎるほど慎重だった我が国が、こうして開放の日を迎えるとは」
「感慨深いですか」
「いや」
フォスは、首を振った。
「当然の帰結だ、と思っている。正しい手順を踏めば、正しい結果に辿り着く。それだけのことだ」
合理的な、しかし確かな自負が、その言葉には込められていた。
この国なりの精密さで、新しい時代への扉が、静かに、しかし確実に開かれていた。




