3-3:紳士たちの開放
ロンドン郊外、封鎖区域。
首相・エドワード・ハーコートは、朝霧の中、静かに立っていた。
「議会での最終承認から、ちょうど一ヶ月ですな」
内務大臣が、傘を差しかけながら言う。
「長い一ヶ月だった」
ハーコートは、資料に目を落とす。
視察団の報告書。
議会での幾度の議論。
そして、独自に組み上げた資格制度と、安全基準。
「準備は、万全か」
「はい。医療体制、緊急対応部隊、いずれも整っています。魔素の経過観察体制も、専門委員会の提言通りに構築済みです」
「よし」
ハーコートは、集まった探索者たちの列を見渡した。
数は、アメリカや日本ほど多くない。
だが、一人一人の顔つきに、確かな覚悟が見えた。
「諸君」
声を張る。
「我が国は、これまで慎重に、しかし着実に、この日のための準備を進めてきた。それは、諸君の安全を、何よりも優先したためだ」
一拍、置く。
「未知は、恐れるべきものであると同時に、探求すべきものでもある。紳士たれ、とは言わない。だが、冷静さだけは、失わないでほしい」
小さな笑いが起こる。
ハーコートらしい、飾らない言葉だった。
「開放を、宣言する」
封鎖が解かれ、探索者たちが、静かに、しかし着実に歩き出していく。
「閣下」
式典の後、秘書官が耳打ちする。
「配信登録の申請状況ですが」
「どうだ」
「思ったより、落ち着いています。ただ、質の高いものが多い印象です。大学の考古学専攻の学生が始めた、構造物の建築様式を解説するチャンネルなどは、既に話題になっています」
「この国らしいな」
ハーコートは、小さく笑った。
「派手さより、知的好奇心か」
「はい。あと」
「なんだ」
「閣下の愛読書と同じ作者のファンだという配信者が、閣下への公開質問状を出しているようです。『総理、あなたも実は愛読者では?』と」
ハーコートは、思わず咳払いをした。
「......答える必要はない」
「かしこまりました」
だが、その口元は、わずかに緩んでいた。
あの日、口にできなかった言葉。
いずれ、堂々と語れる日が来るかもしれない。
そんな予感が、胸の中にあった。
「魔素の件は」
「知覚変化を報告する探索者が、数名確認されています。ただし、まだ、明確な発現例はありません」
「引き続き、丁寧に観察を続けてくれ」
「承知しました」
朝霧が晴れていく中、ハーコートは、あの門の方角を見つめ続けた。
この国なりの速度で、この国なりの誇りを持って。
新しい時代への、確かな一歩が踏み出された。




