3-1:三ヶ月後
あの鬼との一戦から、三ヶ月が経っていた。
「――というわけで、今日はこの防具の補強をやっていきます」
配信画面の向こうに、コメントが流れる。
『刀オタクさん最近武器より防具ばっかだな』
『継刃の次は防具作りに目覚めたんか』
「防具も大事だからな。守れる範囲が広いに越したことはない」
あの日以来、少しだけ、考え方が変わった。
自分の刀だけじゃなく、一緒に潜る仲間を守れる装備も、作れるようになりたい。
そう思うようになっていた。
配信を終え、スマホを開くと、見覚えのある名前から通知が届いていた。
**天音澪**
『お疲れ様です。今、少しお時間いいですか』
あの一戦以来、たまに連絡を取り合うようになっていた。
経過観察の状況報告や、たまの雑談。
自分から連絡することもあれば、向こうから来ることもある。
『大丈夫です』
すぐに返信する。
『今日、定期検査だったんですけど』
『何か分かりましたか』
『......ちょっと、変な感覚があって』
少し間を置いて、続きが届いた。
『水に触れると、なんというか。流れが、見える気がするんです』
「......流れ?」
思わず、声に出して聞き返してしまう。
『うまく言えないんですけど。コップの水を見てるだけなのに、その中の粒子が、動いてるのが分かるような』
『それは、いつから』
『先週くらいから、少しずつ。医療班にも報告してます』
あの調査以来、天音は、定期的な経過観察の対象になっていた。
長時間、魔素の濃い区域に晒された影響が、今もまだ、体の中で何かを変え続けているらしい。
『研究班の見解は?』
『まだ、明確な結論は出てないみたいです。ただ』
『ただ?』
『これまで確認されてる中で、私が一番、症状が進んでいるらしくて』
その一文に、少しだけ胸がざわついた。
心配、というのとは、少し違う感覚。
もし、これが本当に、彼女の言う通りのものなら。
「それって......」
打ちかけて、止まる。
安易に、あの言葉を使っていいものか、迷った。
だが、天音の方から、先に打ってきた。
『魔法、なんじゃないかって。研究班の人が、冗談半分に言ってました』
「......まだ、冗談半分なんですね」
『はい。私自身も、半信半疑です』
でも、と続く。
『もし本当にそうなら、ちょっとだけ、楽しみでもあります』
その一言に、なんとなく、彼女らしいと思った。
あの日、頭痛に苦しみながらも、最後まで弱音を吐かなかった人。
未知の変化を、恐怖ではなく、興味として受け止められる強さがある。
『何かあれば、また連絡します』
『はい、いつでも』
スマホをしまい、工房の窓から外を見る。
三ヶ月前、あの日の戦いを、思い出す。
折れた刀。
赤みを帯びた断面。
そして、あの光る粒子――魔素。
あれ以来、政府の研究機関は、あの現象の解明に本腰を入れていた。
天音だけでなく、あの時、同じ区域にいた探索者たちにも、経過観察が及んでいるという。
だが、目立った変化を報告しているのは、今のところ、彼女だけだった。
「......なんで、天音さんだけなんだろうな」
誰にともなく、呟く。
佐伯に聞けば、何か分かるだろうか。
あるいは、江藤に聞けば、もっと専門的な答えが返ってくるかもしれない。
考えを巡らせながら、腰の刀に手をやる。
継刃。
あの日から、ずっと共にある一振り。
握るたびに、以前とは、少し違う感触があるような気がしていた。
気のせいだと、思っていた。
でも、最近は。
「......まぁ、いいか。今は。」
深く考えるのをやめて、刀を鞘に戻す。
この三ヶ月、探索も配信も、順調に続けてきた。
新しい層にも、何度か足を運んだ。
新しい素材にも、いくつか出会った。
変化は、静かに、しかし確実に、色んな場所で始まっている。
自分の刀にも。
天音の体にも。
そして、きっと、この世界そのものにも。
窓の外、夕暮れの空を見上げながら、小さく息を吐いた。
次に何が起きるのか。
少しだけ、怖くて。
それ以上に、楽しみだった。




