間章-14:前倒しの決断
ベルリン、首相府。
首相・アンネグレート・フォスは、法務担当官僚からの報告書に、目を通していた。
「委員会の設置期間について、改めてご相談です」
「半年、という当初予定だったな」
「はい。ですが」
官僚は、慎重に言葉を選ぶ。
「日本の魔素発見と、氾濫の実例を受け、安全保障上の観点から、前倒しを求める声が、与党内でも強まっています」
「野党の反応は」
「これまで批判的だった議員の一部も、態度を軟化させています。『税金でファンタジー作家を招くとは何事か』と言っていた者たちも、さすがに、今回ばかりは」
フォスは、小さく頷いた。
「皮肉なものだな」
「と、申しますと」
「安全のための備えだと言えば、あれほど批判的だった者たちも、静かになる」
この国らしい、合理性の勝利だった。
「委員会の期間を、二ヶ月に短縮する」
「二ヶ月、ですか。かなりの前倒しになりますが」
「拙速は敵だ。だが、今の状況で怠慢もまた、敵になる」
フォスは、はっきりと言った。
「完璧を待つ余裕は、もうない。今できる、最善の速度で進める」
「創作分野の専門家委員についても」
「予定通り、正式に招く。今回の件で、彼らの知見の価値は、既に証明されている」
「かしこまりました」
「魔素の分析については」
「我が国の研究機関でも、独自にサンプル分析を進めています。人体への作用機序について、まだ不明な点は多いですが」
「経過観察の体制だけは、早急に整えろ。もし国民の中に、影響を受けた者が現れた時、対応が後手に回らないように」
「承知しました」
フォスは、窓の外、灰色の空を見た。
「拙速は敵だ、と言い続けてきた。だが」
「はい」
「今この瞬間だけは、怠慢の方が、より大きな敵だ」
その言葉には、これまでにない、確かな決意が滲んでいた。




