間章-13:静観の終わり
オタワ、議事堂。
首相・ジャック・ルモンドは、新しい報告書を前に、これまでとは違う緊張を感じていた。
「北部の観測地点、複数箇所で、出現率上昇の兆候が確認されました」
防衛担当大臣が、地図を指し示す。
「日本の事例と、似たパターンです」
「......うちにも、来るということか」
「可能性は、否定できません」
ルモンドは、これまで机に置いたままだった、日本の制度資料を、改めて手に取った。
半年近く、静観を続けてきた。
国土の広さ、気候、先住民族の方々との協議。
どれも、拙速を避けるべき、正当な理由だった。
「先住民族の方々との協議は」
「継続しています。丁寧な対応を、崩すつもりはありません」
「それでいい」
ルモンドは、頷いた。
「だが、並行して、資格制度の試験導入を、前倒しで進める」
「よろしいのですか。これまでの慎重な方針から――」
「方針は変わらない。速度が、変わるだけだ」
ルモンドは、はっきりと言った。
「もし、あの鬼のような個体が、我が国でも現れるなら。それに対応できる人材を、今から育てておかねば、間に合わない」
「魔素の件についても」
「うちの研究機関にも、分析を急がせている。もし、国民の中に、特殊な適性を持つ者が現れた場合の、受け入れ体制も並行して整えろ」
「かしこまりました」
ルモンドは、窓の外、まだ雪の残る景色を見た。
この国は、これまでずっと、自分たちの速度で進んできた。
その姿勢を、変えるつもりはない。
だが。
「注視から、対応へ。我々の言葉を、今日から改めよう」
「承知しました」
「創作関係者の招集についても、本格的に進める。悪くない発想だと、以前から思っていた」
ルモンドは、小さく笑った。
「焦る必要はない、と言い続けてきたが」
「はい」
「そろそろ、腰を上げる時のようだ」
静観の時代は、静かに、しかし確実に終わろうとしていた。




