間章-11:紳士の興奮
ロンドン、ダウニング街十番地。
首相・エドワード・ハーコートは、議会からの正式承認通知を、静かに読み終えた。
「これで、来月からの一般開放が、正式に決まりましたな」
内務大臣が、安堵の混じった声で言う。
「長かった」
ハーコートは、小さく息をついた。
視察団を送り、独自の枠組みを組み立て、議会で幾度も議論を重ねてきた。
その全てが、ようやく実を結ぶ。
「日本の、あの一件については」
「見ました。何度も」
ハーコートは、率直に答えた。
「鬼という生物、そして魔素という未知のエネルギー。正直に言えば――」
「言えば?」
「わくわくが、抑えられなかった」
内務大臣が、少し驚いた顔をする。
「珍しいですね、閣下がそこまで感情を表に出されるのは」
「歳のせいかもしれん」
ハーコートは、机の上の一冊の本に、そっと目をやった。
若い頃から愛読してきた、ファンタジー小説の古典。
あの日、口にはしなかった言葉を、今なら少しだけ、言える気がした。
「実を言うとな」
「はい」
「若い頃から、こういう物語が、好きでな」
「......存じておりました」
「なに?」
「閣下の本棚、拝見したことがございます。何度か」
ハーコートは、少しばつが悪そうに咳払いをした。
「まぁ、いい。とにかく、我が国の制度にも、魔素への対応方針を組み込む必要がある」
「専門家委員会からも、既に提言が上がっています。魔素の影響を受けた探索者への、経過観察体制の構築を」
「進めてくれ」
ハーコートは、窓の外、雨上がりのロンドンを見た。
「この国にも、いずれ、力を持つ市民が現れるかもしれん。その時、慌てないための準備を、今のうちに」
「かしこまりました」
「それと」
「はい」
「日本の総理には、いずれ、正式に敬意を表したい。あの国の決断がなければ、我々は、まだ静観を続けていただろうからな」
紳士的な、しかし確かな敬意が、その声には滲んでいた。




