2-14:折れた刃
棍棒が、再び振り下ろされる。
今度は、正面から受けなかった。
半身になって、紙一重で回避する。
風圧だけで、頬が切れた。
「......っ」
痛みを無視して、懐に飛び込む。
狙うのは、先ほど見極めた、関節部分。
肩の付け根。
装甲のような皮膚が、そこだけ薄く途切れている。
刃を、深く突き入れる。
「ギャアアアッ!」
初めて、鬼が明確な悲鳴を上げた。
黒い血が、傷口から噴き出す。
「効いてる......!」
相馬が、体勢を立て直しながら叫ぶ。
「神崎! そのまま押せ!」
「はい!」
だが、手負いの鬼は、より凶暴になった。
残った左腕で、無差別に薙ぎ払ってくる。
辛うじて避けるが、体勢が崩れる。
「くっ......」
『やば、あれ避けきれるのか!?』
『刀オタクさん動き人間離れしてない?』
『頼む、頼むから無事でいてくれ』
コメント欄が、もはや一つの祈りのようになっていた。
「神崎さん!」
背後から、天音の声。
振り返る余裕はない。
だが、その声だけで、十分だった。
まだ、皆が見てくれている。
守るべきものが、確かにここにある。
「......まだだ。」
刀を、両手で握り直す。
最後の一撃。
全神経を、切っ先に集中させる。
鬼が、断末魔のような咆哮を上げながら、渾身の一撃を振りかぶった。
これを避ければ、勝機はない。
全てを、この刃に賭ける。
「――ッ!!」
地を蹴る。
棍棒の軌道の内側へ、体を滑り込ませる。
狙うのは、先ほどとは逆の肩。
もう一つの、急所。
刃が、深く食い込む。
骨を断つ感触。
そして。
パキン、と。
乾いた音が、響いた。
「......え。」
手の中の感触が、急に軽くなる。
見ると、刀身の半ばから、刃が折れていた。
だが、狙いは外れていない。
鬼の巨体が、大きく傾ぐ。
断末魔の咆哮を上げながら、地響きと共に、崩れ落ちた。
......動かない。
「......終わった、のか。」
膝から、力が抜ける。
その場に座り込みそうになるのを、なんとか堪えた。
「神崎! 大丈夫か!?」
相馬が、駆け寄ってくる。
「......はい、なんとか」
答えながら、手の中の刀身を見る。
半ばから、無残に折れていた。
子供の頃からの夢の結晶。
初めて打った、あの一振りが。
「......あ。」
右手のひらに、鋭い痛みが走った。
折れた刃の断面で、切ってしまったらしい。
じわりと、血が滲む。
その血が、ぽたりと、折れた刀身の断面に落ちた。
「......これ。」
周囲の光る粒子が、その一滴に、まるで吸い寄せられるように集まっていく。
断面が、じわりと、赤みを帯びていく。
まるで、生きているかのように。
「......神崎さん、それ。」
いつの間にか近くにいた天音が、折れた刀身を見つめて、息を呑んでいた。
「刃の断面が......赤く。」
自分にも、理由は分からなかった。
ただ、この場に満ちる、あの光の粒子。
それが、血に反応しているとしか思えなかった。
「大丈夫か、神崎」
佐伯が、駆け寄ってくる。
折れた刀身を見て、痛ましそうに眉をひそめた。
「......すまん。守り切れんかった」
「いえ」
首を振る。
「これで、皆が無事なら」
声が、少し震えた。
悔しさと、安堵と。
色んな感情が、一気に押し寄せてくる。
でも、今は。
「......全員、無事ですか」
「盾役の彼女は負傷しているが、命に別状はない。天音さんも、無理をしなければ大丈夫だ」
相馬の言葉に、深く息を吐いた。
守り抜いた。
その事実だけで、十分だった。
『刀オタクさん、勝った......勝ったのか?』
『すげぇ、すげぇよ』
『泣いた、マジで泣いた』
コメント欄が、歓喜と安堵の言葉で埋め尽くされていく。
自分は、折れた刀身を、そっと抱きしめるように持った。
最初の一振り。
もう、元の形には戻らない。
でも。
「......まだ、終わりじゃないよな。」
赤みを帯びた断面を見つめながら、小さく呟く。
この折れた刀と、そして。
あの鬼から採れるかもしれない、何か。
それらを合わせれば。
新しい一振りが、生まれるかもしれない。
悲しみの中に、確かな予感が灯っていた。




