2-13:鬼
地響きと共に、影がその全貌を現した。
赤黒い肌。
額から突き出した、二本の太い角。
右手には、岩塊をそのまま握り固めたような、巨大な棍棒。
「......鬼、か。」
誰かが、思わず呟いた言葉が、そのまま呼び名になった。
「相馬さん、指示を」
「盾役は前へ。射線を確保する。神崎と佐伯さんは、後方支援に回れ」
短く、的確な指示。
大柄な女性――盾役の探索者が、巨大な盾を構えて前に出る。
「来るぞ!」
鬼が、咆哮と共に棍棒を振り下ろした。
盾がそれを受け止める。
......はずだった。
「――っ!?」
轟音と共に、盾ごと女性の体が吹き飛んだ。
壁に叩きつけられ、動かなくなる。
「くそっ!」
相馬が、即座に銃を構え、連射する。
弾丸が、鬼の体に着弾する。
だが。
「......弾かれてる、だと」
硬い皮膚の表面で、弾丸が火花を散らして逸れていく。
まるで、装甲を撃っているようだった。
『な、なんだよあれ、銃効いてないじゃん』
『やばい、やばいって』
『助けてくれ、頼むから誰か助けてくれ』
コメント欄が、悲鳴に近い勢いで流れていく。
「相馬さん、後退を」
天音が、青ざめた顔で叫ぶ。
「まだだ! あの盾役を、見捨てるわけにはいかん!」
相馬が、腰の刀を抜き放ち、正面から斬りかかる。
刃が、鬼の腕を捉える。
浅く、切れる。
だが、致命傷には程遠かった。
「......硬すぎる」
「相馬さん、危ない!」
振り下ろされる棍棒を、辛うじて回避する。
地面が、衝撃で大きく抉れた。
「くっ......!」
着地に失敗し、相馬が体勢を崩す。
「師匠!」
「わしより、天音さんを見ろ! まだ本調子じゃない!」
振り返ると、天音が地面に膝をついていた。
「天音さん!」
「......大丈夫、です。ただ、頭が――」
言葉の途中で、彼女の体が大きく傾ぐ。
「っ!」
咄嗟に支える。
その隙に、鬼の視線が、動きの鈍った天音へと向いた。
「まずい......!」
鬼が、棍棒を振り上げる。
誰も、間に合わない。
相馬は体勢を崩したまま。
佐伯は距離がある。
殿の男性も、負傷した盾役の手当てで動けない。
「......っ!」
考えるより先に、体が動いた。
天音を庇うように、前へ出る。
刀を抜く。
最初に打った、あの一振り。
振り下ろされる棍棒に、真正面から刃を合わせた。
衝撃が、腕全体に走る。
骨が軋むような痛み。
だが、刃は、折れなかった。
「......まだ、いける」
押し返す力に、負けじと踏ん張る。
「神崎!?」
相馬の驚いた声が、遠くに聞こえた。
鬼の赤い瞳が、初めて、はっきりとこちらを捉える。
『え、待って、あの人一人で受け止めてないか?』
『うそだろ、押し返してるぞ』
『刀オタクさん頑張れ......!』
コメント欄の色が、少しだけ変わっていた。
悲鳴だけではなく、祈るような言葉が、混じり始めている。
「天音さん、後ろに下がってください」
「でも――」
「大丈夫です。少し、時間を稼ぎます」
鬼の全身を、じっと観察する。
棍棒を握る、太い腕。
硬く盛り上がった、装甲のような皮膚。
だが。
(関節部分だけ、皮膚が薄い)
鉱石の断面を見る時と、同じ感覚だった。
構造を読む。
強度の差を見極める。
弱点は、確かにそこにあった。
「......よし。」
小さく息を吐き、刀を握り直す。
まだ、勝機はある。
だが、次の一手を誤れば、それで終わりだった。
鬼が、再び棍棒を振り上げる。
空気が、びりびりと震えるほどの、圧倒的な威圧感。
自分は、それでも、刀を構え続けた。




