1ー5:総理、現実を見る
「もう一度」
九条恒一はモニターを見つめたまま言った。
「映像を」
「はい」
映像が再生される。
場所は東京都郊外。
自衛隊が立入禁止区域として封鎖している、"空間の歪み"の前だ。
昨日までは何もなかった。
本当に。
何も。
ただ景色が揺らいで見えるだけだった。
だが。
今日は違う。
「……」
歪みの中心に。
石があった。
いや。
石ではない。
石造りの壁。
アーチ。
柱。
まるで建物の一部だけが、空間の向こう側から顔を出しているようだった。
「接触は」
「ありません。」
「触れた者は」
「いません。」
「よし。」
勝手に近付く者がいなくて助かった。
今のところ、自衛隊も警察もよくやっている。
……今のところは。
「海外は?」
「アメリカ、イギリス、韓国でも同様の現象を確認。」
「どこも同じか。」
「はい。」
誰も原因を説明できない。
科学者も。
研究者も。
軍も。
誰一人として。
「総理。」
「なんだ。」
「専門家会議から報告です。」
「読んでくれ。」
職員が資料をめくる。
「現時点では人工物である可能性が高い、とのことです。」
「人工物。」
「はい。」
「自然現象では、このような構造物が出現することは考えられないと。」
「そうだろうな。」
自然に石の門は生えない。
常識的に考えて。
(ダンジョンは生えるけど。)
「…………」
(いや、生えない。)
(落ち着け。)
心の中で自分にツッコミを入れる。
危ない。
最近読んだ小説に引っ張られすぎている。
現実だぞ。
ここは。
「総理。」
「ん?」
「どうされました?」
「いや。」
危ない危ない。
無意識に頷いていたらしい。
「続けてくれ。」
「はい。」
資料は続く。
「なお、海外では既にSNS上で『ダンジョンではないか』との憶測が広がっています。」
「日本も同じです。」
「そうか。」
まぁ、そうなる。
自分でも思ったくらいだ。
若い世代ならなおさらだろう。
しかし。
「国として、その表現は使わないように。」
「理由を伺っても?」
「もし違った場合、混乱を招く。」
「承知しました。」
それが正しい。
今は憶測で動くべきではない。
事実だけを見る。
それが政治だ。
(……とはいえ。)
九条はモニターを見つめる。
そこに映る石造りの門。
蔦が絡み。
風化したような壁。
どう見ても。
どう贔屓目に見ても。
(ダンジョンの入口なんだよなぁ……)
誰にも言えない。
言えるわけがない。
総理大臣が「ダンジョンっぽいですね」などと言った日には、日本中のニュース番組が一週間その話題になる。
だから言わない。
絶対に。
その時だった。
「失礼します!」
会議室の扉が勢いよく開いた。
若い職員が駆け込んでくる。
「何だ。」
「報告します!」
息を切らしながら、職員は叫んだ。
「北海道の観測地点で……!」
一拍置く。
「門が、開きました!」
会議室から音が消えた。
誰も何も言わない。
モニターには、リアルタイム映像。
石造りの門が。
ゆっくりと。
内側から開いていく。
そして、その暗闇の奥には。
人工の照明ではありえない、青白い光が静かに揺れていた。
「…………」
九条は、人生で初めて。
総理大臣としてではなく、一人のラノベ好きとして思ってしまった。
(……始まった。)
もちろん、その言葉は胸の中だけにしまった。




