2-5:懇談会、当日
スーツなんて、成人式以来だった。
「......似合ってなくないか、これ。」
鏡の前で、何度もネクタイを結び直す。
どう見ても着慣れていない感が拭えない。
「まぁ、いいか。」
諦めて、鞄を手に取る。
中には、あの一振り。
最初に打った、玉鋼と黒紫の鉱石を鍛え合わせた刀が、丁寧に布に包まれて入っていた。
携行許可の申請は、事前にきちんと済ませてある。
今日という日に、これを持っていかない理由はなかった。
会場は、都内のホテルの一室だった。
案内された部屋に入ると、既に何人かの姿があった。
「......あ。」
思わず、足が止まった。
配信の資料作りで、何度も名前を目にしてきた人たちだった。
ラノベ作家の九十九蒼。
漫画家の東雲環。
TRPGデザイナーの黒沢玲。
ゲームデザイナーの南一颯。
界隈では、もはや伝説的な存在だ。
「あの、初めまして。神崎と申します」
緊張しながら頭を下げる。
「あ、君が」
九十九が、目を丸くした。
「刀オタクの、あの神崎さん? 配信見てますよ」
「......え、本当ですか」
「本当も本当。うちの担当さんも見てるって言ってました」
「僕もです」
東雲が笑いながら手を挙げる。
「素材の断面図の解説、あれ資料としてめちゃくちゃ参考になります」
「......光栄です。」
まさか、こんな反応をもらえるとは思っていなかった。
「というか」
黒沢が、何かを思い出したように言う。
「神崎さんって、最初の意見交換会で紹介された、あの考察の学生さんですよね」
「......え。」
心臓が、跳ねた。
「知ってるんですか?」
「知ってますよ。資料に名前載ってましたから。あの時から、もしかしたらって思ってたんです」
あの、江藤の紹介で意見交換会に載ったという、初期の考察。
それが、まさかここに繋がっていたなんて。
「一本の線で繋がってたんですね」
南が、感慨深そうに呟く。
「はい、なんか......そうみたいです」
自分でも、言葉にすると不思議な感覚だった。
しばらく歓談していると、部屋の空気が、ふと引き締まった。
入り口に、秘書官らしき人物と共に、一人の男性が姿を現す。
ニュースで、何度も見た顔だった。
「......え。」
総理大臣、九条恒一。
本人が、目の前にいる。
「皆様、本日はお集まりいただき、感謝いたします」
落ち着いた声。
一同が、軽く礼を交わす。
やがて、九条の視線が、こちらに向いた。
「君が、神崎錬司くんか」
「は、はい! 神崎錬司です!」
声が、裏返った。
九条は、少しだけ目を細めて、こちらを見つめていた。
「......ずっと、資料の中で君の名前を見てきた気がする」
「......え?」
「意見交換会。素材譲渡の申請書類。探索者ランキング。何度も、目にしていたんだ」
九条は、ゆっくりと続けた。
「今日、ようやく本人に会えて、驚いている。まさか、全部同一人物だったとはな」
「......光栄です、総理」
深く頭を下げる。
自分の些細な積み重ねが、こんな遠くまで届いていたことに、改めて背筋が伸びる思いだった。
「その荷物は」
九条が、手元の鞄に目を留める。
「あ、これ......」
少し迷ってから、布に包んだ刀を取り出す。
「最初に打った刀です。もしよければ、見ていただけますか」
「......ぜひ」
九条の表情が、わずかに変わった。
これから何が起きるのか、まだ誰も知らない。
でも、確かに、何か大きな瞬間が、この部屋で始まろうとしていた。




