2-3:総理、気づく
「総理、少しお時間よろしいですか」
執務の合間、広報担当の職員が資料を手に入ってきた。
「なんだ」
「探索者の広報企画についてです。ご確認いただきたい映像がありまして」
九条恒一は、手元の書類を一旦置いた。
「見せてくれ」
モニターに、短い映像クリップが再生される。
鍛冶場を模した配信画面。
簡素な二頭身のアバターが、槌を振るっている。
『――というわけで、この折り返し鍛錬っていう工程が、日本刀特有の粘りを生むんです』
ハキハキとした、聞き取りやすい声。
映像は、そのまま素材の解説に移る。
視聴者コメントが、画面の端を流れていく。
『刀オタクさん、今日も早口』
『解説分かりやすすぎる』
『史上最速Cランクの人がこんな丁寧に喋ってくれるとか贅沢』
「......史上最速?」
九条の眉が、わずかに動いた。
「はい。開放から短期間で、Cランクへ到達した探索者です。事務局からも、記録的な速さだと報告が上がっていました」
「名前は」
「神崎、と申します」
その瞬間、九条の中で、何かが繋がった。
......いや、正確には。
これまで、何度も同じ名前を、資料の隅で目にしてきた。
分科会の議論資料に。
素材譲渡の申請書類に。
そして、探索者ランキングの記録に。
「神崎、錬司」
思わず、フルネームを口にする。
「......ご存知でしたか」
「いや」
九条は、資料を手繰り寄せた。
あの、材料・環境・種族対応検討分科会の初回。
映像だけで鉱石の正体を言い当てたという、一般の考察者。
その名前が、確か。
(同じ、名前だ)
偶然、というには、あまりに符合しすぎている。
「この者について、詳しい経歴は」
「大学生です。江藤准教授の研究室に、非公式に協力していた時期があるようです。その後、鍛冶師の佐伯氏に師事し、探索者資格を取得」
「......一本の線で繋がっているのか」
九条は、小さく声を漏らした。
映像の中の考察を見て。
意見交換会で紹介された素人の分析に感心し。
資料の名前を、何度も目にしながら。
その全てが、一人の青年の歩みだったとは。
「総理、いかがされましたか」
「いや」
九条は、映像を一時停止させた。
画面の中、アバターが誇らしげに刀身を掲げている。
その背後の壁には、これまで打ってきたのだろう、何振りもの刀が並んでいた。
「面白いな」
思わず、そう呟く。
「一人の若者の情熱が、こうして形になっていく様を、間近で見られるとは」
これまで九条は、この現象を、国家という大きな枠組みでしか見てこなかった。
制度。
法律。
外交。
だが、この映像を見て、初めて実感する。
自分たちが作ってきた仕組みは、こういう一人ひとりの夢を、後押しするためのものだったのだ、と。
「広報企画としては、彼を起用すべきかと考えております。国民からの支持も厚く、探索者としての実績も、模範的です」
「進めてくれ」
九条は、迷わず答えた。
「ただし」
「はい」
「本人の意思を、最優先で尊重するように」
「かしこまりました」
職員が退室した後、九条は一人、モニターに残った静止画を見つめていた。
刀を掲げる、簡素なアバター。
その向こうにいる、まだ会ったこともない青年。
(いつか、直接会う機会があるかもしれんな)
そんな予感が、ふと胸をよぎった。
窓の外、東京の空は、穏やかに晴れていた。




