2-2:初配信
「......で、これは何」
「アバター」
「知ってるよ聞いてるのはそういうことじゃなくて」
友人が、パソコンの画面を指差す。
そこには、簡素な二頭身キャラクターが表示されていた。
黒髪、作務衣姿、背中に大きめの刀。
「なんで急にVTuberなの」
「師匠は顔出しなしの音声オンリーだけど、俺は俺のやり方でいいかなって」
「理由になってなくない?」
「なってる」
実際、理由はちゃんとある。
顔を出すのは、正直まだ少し抵抗があった。
でも、無機質な音声だけより、何かキャラクターがいた方が、見てくれる人にも親しみやすいんじゃないか。
そう思って、配信ソフトの使い方を独学で覚え、簡単なモデルを外注して作ってもらった。
「まぁ、似合ってると言えば似合ってるけど」
「だろ?」
「刀オタクが二次元の姿手に入れて浮かれてるだけだろ、それ」
「否定はしない」
友人が呆れた顔で笑う。
今日は、初配信の日だった。
部屋の隅には、簡易的に組んだ小さな作業台。
佐伯の工房ほど本格的ではないが、大学の寮でもできる範囲で、鍛冶の一部工程を見せられるようにセッティングしてある。
「緊張してる?」
「してる」
「珍しいな、正直に言うの」
「今日ばかりはな」
配信申請は、事務局からもすぐに承認が下りた。
史上最速でCランクに到達した探索者、という肩書きも、多少は後押しになったらしい。
時計を見る。
開始五分前。
「......よし。」
深呼吸をして、配信開始ボタンを押す。
画面の向こうに、アバターの姿が映る。
『はじめまして。神崎錬司です。今日から、鍛冶配信を始めます』
声が、少し上ずった。
最初の視聴者数は、十人にも満たなかった。
でも、それでいい。
最初はそんなものだ。
『えーと、まずは自己紹介から』
刀が好きなこと。
鍛冶師になりたいこと。
佐伯という師匠に弟子入りしたこと。
ダンジョンの素材を使って、これまで七本の刀を打ってきたこと。
話しながら、視聴者数がじわじわと増えていくのが見えた。
コメント欄が動き始める。
『刀狂さんじゃん』
『あの考察してた人?』
『マジで配信始めたんだ』
「......あ、俺のこと知ってる人いる。」
思わず声が漏れる。
界隈で噂になっていたのは知っていたが、実際に反応をもらうと、また違う実感があった。
『じゃあ、今日は実際に打っていく過程を、少しずつ見せていきます』
炉に見立てた小型のバーナーで、練習用の鉄を熱する。
槌を握る。
カン、と音が響く。
『お、音いいな』
『思ったより本格的』
『刀オタクさん普通に手つき綺麗』
コメントが流れるたび、緊張が少しずつほぐれていく。
鉄を打ちながら、素材の話をする。
温度の話をする。
折り返し鍛錬の意味を話す。
好きなことを、好きなだけ話せる場所。
子供の頃、動画越しに見ていたあの光景に、自分がなっている。
『そういえば、最初に打った刀ってどんなやつだったんですか?』
コメントの一つに、手が止まった。
最初の一振り。
玉鋼と、あの黒紫の鉱石を折り返し鍛錬で馴染ませた、原点の一本。
『......いい質問ですね』
思わず笑みがこぼれる。
『それはまた、いつか実物を見せながら話します』
今日は、まだその日じゃない。
でも、いずれ必ず紹介したいと思っていた。
配信は、二時間ほど続いた。
終わる頃には、視聴者数は三桁を超えていた。
初配信にしては、上出来すぎる数字だった。
『では、今日はこの辺で。また次回もよろしくお願いします』
配信を切る。
どっと、疲れが押し寄せてきた。
でも、心地よい疲れだった。
「......やったな。」
誰にともなく呟く。
スマホを見ると、佐伯から短いメッセージが届いていた。
『見とったぞ』
『悪くない』
それだけで、十分だった。
子供の頃からずっと憧れてきた場所に、今、確かに立っている。
窓の外、夜が更けていく。
まだ始まったばかりの配信者人生が、静かに幕を開けていた。




