間章-7:それぞれの事情
ローマ、キージ宮。
首相・**ロレンツォ・ヴィスコンティ**は、報告書を前に、深いため息をついた。
「日本の話は、素晴らしいと思う。心から」
「はい」
「だが、我が国で同じことをするには、いくつも壁がある」
まず、政権基盤の問題があった。
連立与党は、常に不安定。
この一年で、既に二度、内閣改造を経験している。
「大規模な制度改革を進めるには、まず政権が安定していなければならん」
「それは、痛いところですね」
「痛いどころではない。骨身に染みている」
ヴィスコンティは、苦笑した。
「それに」
「はい」
「我が国は、南北で事情が違いすぎる」
資料には、国内で確認された歪みの位置が記されている。
北部の工業地帯と、南部の田園地帯とでは、対応にかけられる予算も人員も、大きく異なっていた。
「全国一律の制度を、拙速に敷くのは危険だ」
「では、日本のような迅速な対応は」
「難しいだろうな。だが」
ヴィスコンティは、資料の別のページを開いた。
「我が国には、我が国の強みがある」
「職人文化、ですか」
「その通りだ」
イタリアには、代々受け継がれてきた工芸の伝統がある。
皮革、ガラス細工、刃物。
地域ごとに根付いた、熟練の技術者たち。
「もし将来、素材の活用という段階に進むなら、我が国の職人たちの技術は、必ず力になる」
「日本の刀鍛冶のような存在、ということですね」
「そうだ。派手さはなくとも、我々には積み重ねてきたものがある」
ヴィスコンティは、少しだけ表情を和らげた。
「焦らず、地に足をつけて進めよう。まずは、国内の連携から立て直す」
「政権の安定が、先決ということですね」
「耳が痛いが、その通りだ」
彼は、椅子の背にもたれた。
「日本や、アメリカや、韓国の動きは、注意深く見ておけ。学べるところは学ぶ」
「かしこまりました」
「それと」
「はい」
「南部の職人たちにも、それとなく話を通しておいてくれ。いずれ、彼らの出番が来るかもしれん」
窓の外、夕暮れのローマの街並みが広がっていた。
急いてはいない。
だが、この国なりの準備は、静かに始まっていた。




