間章-5:慎重なる検討
ベルリン、首相府。
首相・**アンネグレート・フォス**は、連立与党との調整会議を終えたばかりだった。
テーブルには、分厚いファイルが積まれている。
「日本の制度、法的な観点からの分析は終わったか」
「はい」
法務担当の官僚が答える。
「率直に申し上げて、非常に精緻です。特に、資格制度と素材管理の切り分け方は、我が国の行政システムとも親和性が高いかと」
「では、導入は容易か」
「いえ、そう単純ではありません」
官僚は、慎重に言葉を選ぶ。
「我が国では、新たな資格制度の創設には、連邦と州、双方の合意形成が必要です。加えて、武器携行の特例については、憲法上の議論を避けて通れません」
フォスは、こめかみを押さえた。
この国の意思決定の遅さは、時に美点であり、時に致命的な弱点になる。
「議会での反応は」
「賛否両論です」
「予想通りだな」
実際、野党の一部からは、既に批判が出始めている。
『税金を使って、なぜファンタジー作家を国家会議に招くのか』
という、直截な言葉で。
「大臣」
別の官僚が発言する。
「しかし、日本の制度が機能している以上、無視できる話ではありません」
「分かっている」
フォスは頷いた。
「無視するつもりはない。ただ、拙速に導入して、後で法的な穴が見つかるようでは意味がない」
この国の哲学は、明確だった。
完璧な法整備の上に、初めて実行に移す。
「専門家委員会を設置する。法学者、工学者、そして――」
フォスは、一瞬だけ躊躇った。
「創作分野の専門家も、正式に招く」
「よろしいのですか。議会での反発が」
「日本が示した通り、彼らの知見は無視できないものだ。批判を恐れて、必要な検討を怠るわけにはいかん」
フォスの声には、迷いのない芯があった。
この国は、感情で動かない。
だが、一度データと論理で正しいと判断すれば、迷わずそちらへ舵を切る。
「委員会の設置期間は」
「半年」
「半年、ですか」
「日本より遅れることは、承知している。だが、我が国は、我が国のやり方で、確実な制度を作る」
フォスは、窓の外を見た。
ベルリンの空は、灰色に曇っている。
「拙速は敵だ。だが、怠慢もまた、敵だ」
その両方を避けながら進む道は、決して平坦ではない。
それでも、フォスは、迷わず一歩を踏み出した。
「会議を続ける」
その声に、疲れの色はあっても、迷いはなかった。




