間章-4:静観の理由
オタワ、議事堂。
首相・**ジャック・ルモンド**は、地図を見つめていた。
カナダ国内で確認されている、空間の歪みの位置。
その多くが、人里離れた森林地帯や、先住民族の伝統的な土地に重なっている。
「日本のようにはいかない、ということですね」
先住民問題担当大臣が言う。
「そうだな」
ルモンドは頷いた。
「日本の門は、都市近郊にあった。だから、迅速な調査も、制度整備もしやすかった」
「我が国の場合は」
「アクセスからして違う。ヘリでしか近づけない場所もある」
資料をめくる。
「加えて、先住民族の方々との協議も、丁寧に進める必要がある。これは、拙速に扱っていい問題ではない」
「その通りです」
「気候の問題もある」
ルモンドは続ける。
「冬季は、調査自体が困難になる地域が多い。日本のような四季の穏やかさとは、条件が違いすぎる」
国土の広さと厳しい自然環境。
それは、この国の強みであると同時に、今回のような場面では足枷にもなる。
「では、我が国は、当面静観という方針で」
「静観、ではない」
ルモンドは、はっきりと訂正した。
「注視だ。日本、アメリカ、韓国。積極的に動いている国々の制度と、その結果を、丁寧に見ていく」
「学ぶ、ということですね」
「そうだ。慌てて真似て、我が国の地理的事情に合わない制度を作れば、それこそ危険を招く」
ルモンドは、椅子に深く腰掛けた。
「幸い、我が国には時間がある。焦る必要はない」
「創作関係者の招集については、いかがされますか」
「悪くない発想だとは思う」
ルモンドは、少しだけ笑った。
「我が国にも、優れた作家やゲーム開発者は多い。いずれ声をかけることになるだろう。だが、今はまだ、地に足のついた調査を優先すべき段階だ」
カナダらしい、慎重で、実直な判断だった。
「他国からの視察要請には」
「歓迎する。学び合うことは、悪いことではない」
ルモンドは、窓の外、雪の残る景色を見た。
「我々のやり方で、我々の速度で進む。それでいい」
誰かに追いつくためではなく、自分たちの国土と国民に合った形で。
その姿勢は、地味ではあったが、着実だった。
「では、引き続き調査班の報告待ちということで」
「頼む」
ルモンドは、資料を閉じた。
急ぐ理由はない。
少なくとも、今はまだ。




