間章-2:イギリスの選択
ロンドン、ダウニング街十番地。
首相・**エドワード・ハーコート**は、紅茶を一口飲んでから、資料を閉じた。
「日本の件、閣議でも話題になっていますな」
内務大臣が言う。
「そうだろうな」
ハーコートは、窓の外を見た。
テムズ川。
いつもと変わらぬ、灰色の空。
「率直な感想を聞かせてくれ」
「......羨ましい、というのが正直なところです」
「わしもだ」
ハーコートは、小さく笑った。
「我が国にも、伝説はある。アーサー王。円卓の騎士。何百年も語り継いできた物語が」
「はい」
「なのに、いざという時、そこから知恵を借りようという発想が、誰からも出てこなかった」
悔しさが、声ににじむ。
「日本という国は、時に不思議な決断をする。だが、今回のこれは、不思議ではなく、極めて理にかなっている」
「では、我が国も同様の措置を?」
「いや」
ハーコートは、少し考えてから答えた。
「同じことをしても、二番煎じにしかならん」
「と、申しますと」
「日本のやり方を、そのまま真似るのではなく、学ぶ。我が国には我が国の事情がある。議会の伝統。慣習法の積み重ね。同じ制度を移植しても、うまく馴染むとは限らん」
このあたりの慎重さが、ハーコートの真骨頂だった。
「まずは、視察団を送る」
「日本へ、ですか」
「向こうの制度を、直接この目で確かめたい。それから、我が国独自の枠組みを考える」
「創作関係者の招聘については」
「検討する余地はある」
ハーコートは、机の上の一冊の本を、そっと指でなぞった。
若い頃から愛読してきた、ファンタジー小説の古典だった。
誰にも言ったことはないが、実はこの手の物語には、そこそこ詳しい自信がある。
「......ふむ」
「首相?」
「いや、独り言だ」
表情を戻す。
紳士たるもの、私情を公務に持ち込むべきではない。
だが。
(もし招集がかかったら、真っ先に手を挙げたい候補が、何人か頭に浮かぶな)
もちろん、それも胸の内だけの話だった。
「一般開放の時期については」
「まだ答えは出せん」
ハーコートは、はっきりと言った。
「拙速は、危険を生む。じっくりと、しかし確実に進める。それが、この国のやり方だ」
「承知しました」
窓の外、雨が降り始めていた。
ハーコートは、傘も差さずに歩く歩行者の姿を見ながら、小さく呟いた。
「......紳士的に、しかし着実に、な」
その言葉通り、イギリスの歩みは、静かに、しかし確実に動き出していた。




