表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
オタク、刀に狂う  作者: Asansol ackey
第一章:ダンジョンについての有識者会議
30/120

1-30:一振り

「今日、やるぞ」


工房に入るなり、佐伯がそう言った。


「......今日?」


「お主の体力も、腕も、そろそろ形になってきた。あの鉱石、そろそろ使ってみようや」


心臓が、跳ねた。


試験まで、あと一週間。


このタイミングで、まさか。


「......本当に、いいんですか」


「材料は使うためにある。眺めるだけの飾りにするつもりか」


その通りだった。


迷う理由なんて、どこにもない。


「お願いします」


深く頭を下げる。


佐伯は、棚から玉鋼の欠片を取り出した。


「まず言うとくが」


真剣な顔で続ける。


「あの鉱石だけで、刀は打てん」


「......ですよね」


量が、圧倒的に足りない。


手のひらに乗るほどの欠片二つ。


刀身一本分の鋼には、到底及ばない。


「じゃから、玉鋼と合わせる」


「合金、ってことですか」


「厳密には、少し違う」


佐伯が、二つの容器を並べる。


「あの黒紫の方、溶かそうとしたが、普通の炉温じゃびくともせん」


「......溶けない?」


「ああ。だが、熱すれば柔らかくはなる。玉鋼と重ねて、折り返し鍛錬で馴染ませることはできる」


なるほど。


完全に溶融させて混ぜ合わせるのではなく、加熱と鍛打を繰り返すことで、玉鋼の層の中に異質な素材を織り込んでいく。


日本刀の伝統的な鍛法、そのものの応用だった。


「あと、問題がもう一つある」


「なんですか」


「あの鉱石、普通の鏨じゃ砕けん」


そういえば、政府の分析でもそう言っていた。


ダイヤモンドカッターでも傷一つつかない、と。


「じゃが」


佐伯が、青い結晶の容器を手に取る。


「こっちの結晶、あれで削ると、面白いように削れる」


「......内部の物質同士は反応する、ってやつですか」


「そうらしいな」


青い結晶の欠片を使って、黒紫の鉱石を少しずつ削る。


まるで硬い砥石で削るように、細かい粉末が落ちていく。


「異世界の道具は、異世界のもんでしか扱えん、ちゅうことか」


佐伯が、面白そうに笑った。


粉末になった鉱石を、玉鋼の層に挟み込む。


炉に入れる。


真っ赤に熱する。


金床の上で、槌を振り下ろす。


カン。


カン。


いつもと、感触が違った。


普通の鉄より、跳ね返りが硬い。


なのに、粘りもある。


「力任せに打つな」


佐伯の声が飛ぶ。


「素材の性質に、体を合わせろ」


言われた通り、力を抜く。


槌の重みだけで、鋼の反応を確かめながら打つ。


折り返す。


また熱する。


また打つ。


何度も、何度も。


汗が滴る。


腕が悲鳴を上げる。


それでも、止められなかった。


鋼の中に、少しずつ、異質な光が馴染んでいくのが分かる。


肉眼では見えないはずなのに、なぜか分かる。


「......いい。」


自分でも、思わず声が出た。


「なんか、いい感じです。」


「表現が雑じゃな」


佐伯が笑う。


でも、否定はしなかった。


形が整い、刃と峰の輪郭が現れてくる。


焼き入れの直前、刃部分にだけ薄く土を塗る。


差刃土置き。


この厚みの違いが、後の刃文を決める。


手が震えた。


緊張のせいだけじゃない。


子供の頃から、何百回も動画で見てきた工程。


それを、今、自分の手でやっている。


「焼き入れ、いくぞ」


「はい」


炉の中、刀身が均一な赤色になる。


佐伯が、色を確認する。


「今じゃ」


水桶に、刀身を沈める。


じゅわっ、と蒸気が立ち上る。


その一瞬が、永遠のように長く感じた。


水から上げる。


刀身が、静かに横たわる。


「......。」


二人とも、しばらく無言だった。


佐伯が、刀身を光にかざす。


「......見てみい。」


差し出された刀身を、受け取る。


刃文が、浮かび上がっていた。


普通の刃文とは、少し違う。


波の合間に、かすかな青紫の輝きが揺れている。


まるで、刃の中に、小さな星空が閉じ込められているようだった。


「......綺麗だ。」


声が、震えていた。


これが、自分の打った刀。


異世界の素材が織り込まれた、世界でたった一振り。


「まだ研ぎは残っとる。銘も入れとらん。じゃが」


佐伯が、静かに言った。


「立派な、一振りじゃ。」


言葉が、出なかった。


代わりに、目頭が熱くなった。


玉鋼を熱して。


槌で叩いて。


何回も折り返して。


焼き入れして。


最後に刃文が浮かび上がる。


――ずっと、夢見ていた光景だった。


それが今、目の前にある。


「......師匠。」


「なんじゃ」


「ありがとうございます。」


佐伯は、何も言わず、ただ肩を叩いた。


窓の外、夕日が差し込む。


刀身が、橙色の光を受けて、静かに輝いていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ